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ワクチン接種証明で加速するか? 「デジタルヘルスパスポート」の行方

COVID-19対策を機に、パーソナルヘルスレコード(PHR)活用の動きが加速してきた。中でも「デジタルヘルスパスポート」による健康証明は要注目だ。ワクチン接種証明だけでなく、健康、医療、介護領域のパーソナルデータ利活用計画も含めて解説する。

» 2021年08月18日 07時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

「デジタルヘルスパスポート」とは

 ガートナーが発表した2021年の「ハイプ・サイクル」で話題になったのが「ヘルスパスポート」だ。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などに罹患(りかん)していない健康体であることを証明するものだ。

 注目されているのは、COVID-19に感染している可能性があるか否かを証明するデジタル技術を利用したサービスだ。日本の厚生労働省が提供する「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」がその一例だ。しかし、COCOAはCOVID-19感染者に接触した可能性があれば本人に通知されるだけのものだ。グローバルではアプリを使って感染の有無を確認し、罹患していないことが確認できれば入国や施設への入場を許可するなどの仕組みが、国や地域、航空関連団体、民間会社などで整備されつつある。

図1 各国、各機関のワクチン接種証明アプリの例 (左から:世界経済フォーラムが設立したコモンズプロジェクトの「CommonPass」、デンマークの「Coronapas」、インターナショナルSOSと国際商業会議所の共同による「AOKpass」、IATA(国際航空運送協会)の「IATA Travel Pass」のサンプルイメージ)

 ヘルスパスポートは、COVID-19対応のための仕組みというわけではない。個人の健康管理や、医療機関、介護機関、行政機関などでの医療、介護対応、ヘルスケア対応のために、種々のパーソナルデータを利活用しようという試みの一つだ。ヘルスパスポートはデジタル情報をベースとしているため、「デジタルヘルスパスポート」と呼ばれることもある。

欧州で広がる「デジタルCOVID証明書」

 欧州でいち早くCOVID-19のパンデミック抑制に成功したと言われるデンマークで開発された「Coronapas」では、「ワクチン接種済みであること」「72時間以内に受けた検査で陰性であること」「陽性判定から14日〜180日以内」のいずれかであることを、医療ポータルのアプリで証明できる。このアプリで感染していないことを示せば、入室、入場制限が課されている各種施設や店舗への入場、入店が可能となり、利便性を損なわずに経済活動が続けられ、同時にパンデミック抑制効果もあったと考えられる。

 このようなCOVID-19対策のための健康状況証明アプリは、特に地域や国を越えた移動の際に利便性が高いことから、各国で開発、導入が進められてきた。2021年7月には、欧州連合(EU)が準備してきた「デジタルCOVID証明書」(グリーンパス/デジタルグリーン証明書)の共通システムが本格運用を開始した。

 デジタルCOVID証明書は、EU加盟国の人々が誰でも入手でき、COVID-19のワクチン接種、検査、回復状況をアプリや書面で証明する仕組みだ。アプリにはQRコード(デジタル署名つき)が表示され、空港などで提示すれば、本人の個人情報とともに情報が読み取られ、パスすれば検査や隔離などが免除される。国間の移動に必須なパスポートとは異なるが、これによって移動に伴う負担は大きく軽減されるだろう。

図2 欧州連合(EU)の「デジタルCOVID証明書」アプリのイメージ

中国では入国者に「健康コード」を求める

 中国では2020年12月1日から、中国への渡航に際して「グリーン健康コード」が必要になった。本記事の公開時点(2021年8月18日時点)で中国に渡航する場合、航空券予約、査証申請の後、出発2日前にPCR検査および陰性証明書を取得し、出発前日の20時までに「グリーン健康コード」を申請する必要がある。

 コード有効期間内に、出発する空港で「中国税関出入国健康申告(健康申告書電子版)」の登録をして航空機に搭乗する。入国後は、空港で登録した「中国税関出入国健康申告(健康申告書電子版)」がチェックされる。そしてPCR検査と入国審査を受け、政府指定のホテルに移動して14日間の隔離生活が義務付けられる。その後、ようやく目的地に移動できるのだが、訪問先の「中国各地の健康コード」を取得(ダウンロード)する必要がある。求められる個人情報や滞在歴を入力して登録完了すると、健康状態が「健康」「感染リスクあり」「隔離中」で色分けされてQRコードで表示される。「健康」であれば、公共交通機関や病院、市場、ホテル、レストランなどでそのコードを提示することで出入りできるようになる。

 渡航にはグリーン健康コードが、国内の通行証には各地の健康コードが必要になり、周到な仕組みになっている。政府の意向が優先されがちな国であるからこそ早期のデジタル対応が可能だったと想像されるが、これが身分証明書のように利用されることで、政府による個人の管理や監視強化の道具にもなりかねないという懸念の声が上がっている。

日本でも「ワクチン接種証明書」の運用を開始

 日本でも海外渡航先の防疫措置の緩和などを目的に、ワクチン接種を公的に証明するワクチン接種証明書の交付が2021年7月26日から始まった。残念ながらデジタル化については「接種証明書を電子的に表示する上で必要な二次元コードの規格について国際的に策定中であることから、その動向を見定めながら検討」すると慎重な姿勢をとっている。

 その一方で、厚生労働省と経済産業省が運営する海外渡航者新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)が開発したアプリ(スマホ・PC用、無償)もある。これは、海外渡航用のCOVID-19検査証明書の発行が可能な医療機関を検索でき、オンライン予約や証明書のダウンロード(PDF)もできる。渡航先の国ごとに定められた検査要件と、それに対応する検査が可能な医療機関の情報を入手でき、検査証明書の参照も可能になる。2021年8月18日時点ではこれだけだが、今後はCommonPassなどの国際規格に対応したQRコードの利用などの拡張も検討されており、諸外国のCOVID-19対策用ヘルスパスポートに近しいものが実現するだろうと期待される。

図3 海外渡航者新型コロナウイルス検査センター(TeCOT)提供のアプリのイメージ(QRコード表示は検討中)(出典:第7回 海外渡航者新型コロナウイルス検査センター運営委員会資料)

マイナンバーと連携したPHRと国内デジタルヘルスパスポートの可能性

 ここまではデジタルヘルスパスポートについて解説した。この仕組みは感染症予防やパンデミック抑制のためばかりでなく、日常的なヘルスケアや、医療、介護機関でのパーソナルな医療データ、検診データなどの利活用にもつながり、健康的な社会をつくることにも寄与できるはずだ。次に日本国内での取り組みを見ていく。

 厚生労働省と経済産業省、総務省はかねてパーソナルヘルスレコード(PHR)システムやサービスの整備が今後の保健医療分野の基盤として重要だとし、「個人の日常生活習慣の改善等の健康的な行動の醸成」「効果的・効率的な医療等の提供」「公衆衛生施策や保健事業の実効性向上、災害等の緊急時の利用」「保健医療分野の研究」の4つの目的を想定して議論、検討してきた。

 個人の日常生活習慣の改善などのために、特定検診情報をポータルサイトで提供するところから始まり、マイナンバーカードの取得と政府運営の「マイナポータル」により、自分の健康保険証情報や医療保険情報、学校保険情報、予防接種情報、難病患者支援情報など、健康や医療関連情報を確認できる。またマイナンバーカードが健康保険証として利用できるサービスが一部医療機関で提供されている。

 厚生労働省が計画しているのは、図4のように、外部のPHR業者を視野に入れた仕組みだ。利用者は、マイナポータルを介して自分の健康関連情報を入手し、医療機関などで(本人同意のもとで選択的に)情報が共有できる。またその情報は、民間のPHR事業者に長期的に預けることも可能だ。

 これによって民間事業者による新しいヘルスケアサービスが創出されることも視野に入れている。そのためのガイドライン「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」が2021年4月に公表され、情報セキュリティ対策や個人情報の適切な取扱い、検診等情報の保存、管理、相互運用性の確保に関する基本指針がまとめられた。

図4 検診などの情報の入手や共有、利用のイメージ(出典:厚生労働省「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プランについて」)

 これに対応するITベンダーの動きも見えてきた。Microsoftは7月に「医療機関向けクラウドサービス対応セキュリティリファレンス(2021年度)」を公開し、またTISとともに「ヘルスケアレファレンスアーキテクチャ」をパートナー企業に無償提供するとともに、技術者育成プログラムの実施や、ヘルスケア業界のPoC(概念実証)のための「PHR POCテンプレート」を提供すると発表した。

 このテンプレートに含まれるサンプルプログラムには、糖尿病データモデルと経済産業省のIoT(モノのインターネット)におけるIF標準が定義されており、生活習慣病である糖尿病を例にPHRサービス構築へのステップを試すことができそうだ。他にも、自治体と連携したPHRシステムの実証実験例や、製品化事例が続々と出てきており、ベンダー主導の取り組みも今後ますます活発になりそうだ。

 このような取り組みが発展していけば、日本独自のデジタルヘルスパスポートの実現は遠くないだろう。渡航に際しての健康証明というだけでなく、地域医療の世界がデジタル化し、どの地域のどの医療機関でも、掛かり付け医と同じ検診情報や医療情報が本人同意の下で利用可能になる。転居先でも、災害時の避難先でも、あるいは訪問介護、介護施設などでも適切な医療、介護サービスを受けられる可能性が高まる。

 ただしそのような医療、介護環境をつくるには、保険医療情報を全国の医療機関などで確認できる仕組みが必要だ。これについても国で検討が続いており、厚生労働省の「データ集中改革プラン」によれば、薬剤情報、手術、移植や透析などの情報を確認できる仕組みを、2022年夏をめどに運用開始する計画だ。

 また電子処方箋(電子カルテ)についても、法制度を整備するとともに医療機関などのシステム改修を行い、2022年夏をめどに運用開始する予定だ。さらに本人の保険医療情報の閲覧、活用の仕組みについてもデータの標準化や対象となる検診の拡大などが行われ、こちらも2022年早期に運用される見込みだ。

 なお、電子カルテなど機密を要するデータの保存や伝送には、極めて高い秘匿性が求められる。一般的な暗号化や暗号化通信、多要素による本人認証などのセキュリティ対策でも対応可能だろうが、デジタルヘルスパスポートがどのようにプライバシーを保護するのかは、注目すべき大事なポイントだ。

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