メディア

好調な無線LAN頼みか、厳しい成長率が続くネットワーク機器市場予測

企業内のネットワーク環境には、イーサネットスイッチやルーターなど有線ネットワークを構成する機器をはじめ、アクセスポイントなど無線ネットワークを構成するためのネットワーク機器が存在する。これらネットワーク機器における2024年までの成長率に関する予測について見ていきたい。

» 2020年05月28日 08時00分 公開
[草野賢一IDC Japan]

アナリストプロフィール

草野賢一(Kenichi Kusano):IDC Japan コミュニケーションズ グループマネージャー

国内ルーター、イーサネットスイッチ、無線LAN機器、ADC(アプリケーションデリバリーコントローラー)、SDN、NFVなど国内ネットワーク機器市場の調査を担当。ベンダー調査に加え、ユーザー調査やチャネル調査にも携わり、それらの調査結果をベースに、国内ネットワーク機器市場の動向を検証、市場動向の分析および予測を提供する他、さまざまなカスタム調査を実施している。IDC Japan入社前は、エンジニアとしてユーザー企業のネットワークの設計、構築を担当。商品企画にも携わる。


■目次

  • エンドポイント刷新も功を奏し、2019年度はプラス成長を実現
  • 2024年までの平均成長率は厳しい
  • COVID-19の影響下にある2020年度の動向
    • 無線LANは成長が継続
    • 10Gbpsの光ファイバーサービスへの取り換えも
  • 需要があっても調達が難しいサプライチェーン動向
  • ネットワーク機器市場におけるCOVID-19後の世界
    • Web会議の広がりで“固定回線”への回帰も起こりうるか
    • 外部への委託が進むネットワーク管理
    • ネットワーク機器市場における5Gの影響度合い

エンドポイント刷新も功を奏し、2019年度はプラス成長を実現

 企業ネットワークにおいて欠かせないルーターやイーサネットスイッチをはじめ、最近ではネットワーク接続において欠かせないものとなっている無線LAN製品。これら企業向けネットワーク機器に関する2019年度の調査を見見ると、ネットワーク機器全体では2018年度に引き続きプラス成長を堅持しており、前年比成長率では3.5%、市場規模は2456億9200万円となった。

 イーサネットスイッチやルーター自体はすでに多くの企業で導入されており、それほど大きな伸びは期待できない部分はあるものの、ギガビットを超える高速通信が可能な無線LAN環境の整備が引き続き好調だったことが影響してか、ネットワーク全体の最適化を図るために既存の有線ネットワーク環境の刷新が進んだものと考えられる。

 また、2019年度は「Windows 7」の延長サポート終了に伴って「Windows 10」への移行が必要になるなど、エンドポイント側の入れ替えが大規模に行われた年だった。そのため、エンドポイント刷新に合わせて、積極的にネットワークの更改も提案したシステムインテグレーターもいるなど、ネットワーク刷新の提案活動が市場全体を押し上げた面もあると見ている。

2024年までの平均成長率は厳しい

 次に、2024年度までの5年間における企業向けネットワーク機器市場全体を見てみると、2019年〜2024年の年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)はマイナス2.5%と予測している。好調を維持してきた無線LANは、今後5年間で支出額が4.8%のプラスなると予測しており、無線LANを中心にネットワークアクセス手段を考える「ワイヤレスファースト」という考え方によって、無線LANがネットワーク機器市場を引き続きけん引するだろう。

 無線LANについては、「Wi-Fi 6」(IEEE 802.11ax)関連の製品がエンタープライズから中堅・中小規模向けのラインアップにまで拡充され、2020年時点で「IEEE 802.11ac」において最大1.3Gbpsの帯域幅を提供するwave1対応製品からの乗り換えも進む可能性は考えられる。企業における無線環境は、高密度環境でも快適に利用できる環境づくりを進めていくことになるため、今後もプラス成長を維持することだろう。

 ただし、イーサネットスイッチとルーター市場はマイナス成長と見ており、CAGRは前者がマイナス4.1%、後者がマイナス2.7%と予測している。好調な無線LANのプラスを考えても、市場全体としてはマイナス成長になると見ている。なお、今回の予測は2020年3月末に行ったため、2020年4月に発令された緊急事態宣言の影響は加味されていない。

COVID-19の影響下にある2020年度の動向

 ここで、2020年度における見通しについて触れておきたい。2020年5月現在、世界規模で感染が広がっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、日本政府が2020年4月7日に特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令したことはご存じの通りだろう。そのため、2020年度におけるネットワーク機器市場については厳しいと予測しており、今回公開した予測よりも状況が悪化する可能性は十分考えられる。そんな状況下において、ネットワーク機器市場に影響を与えることも少なからず存在している。

無線LANは成長が継続

 COVID-19の影響でテレワークが進みつつある企業では、従来の働き方や業務の流れが大きく変革される可能性があり、これまでのようなオフィススペースの確保が必要かどうかが議論されることも十分考えられる。従業員全員が固定席を持つよりも、フリーアドレスでのオフィスづくりを念頭に、今後のインフラ作りが行われることになれば、これまで以上に無線LANの導入の検討が進んでいく可能性は高い。その意味でも、無線LAN需要は2020年もさらに高まっていくものと考えられる。

 また法人ではないものの、文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」によって、PCやタブレットなどの端末の導入とともに、校内LANの整備などが2020年度に進められる計画だ。もともと2019年度補正予算によって進められてきたGIGAスクール構想は、教育におけるICTを基盤とした先端技術などの効果的な活用が求められる現代の子供たちに対して、1人1台の端末および高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するもの。希望する全ての小・中・特支・高等学校における校内LANを整備する計画となっており、2020年は予算の執行段階にあるため、校内LANの整備が実施されるタイミングで無線LANやイーサネットスイッチ、ルーターなどのネットワーク機器が数多く導入されることだろう。

 特にタブレット活用も視野に入れたGIGAスクール構想だけに、無線LAN環境の整備は一層進むはずで、市場全体を押し上げる要素の一つとなってくるはずだ。結果として、2020年度単体で見ると、無線LANにおける支出額ベースでの成長率は2.7%のプラス成長と予測している。

10Gbpsの光ファイバーサービスへの取り換えも

 一方で、イーサネットスイッチやルーターは市況的にも厳しい状況が続いており、2020年度ではイーサネットスイッチでマイナス8.2%、ルーターでマイナス6.5%、ネットワーク機器市場全体ではマイナス6.6%と予測している。それでも、10Gbpsが安価に利用できる光ファイバーサービスの本命が登場したことで、WAN回線への接続環境が見直される可能性も見えてきた。

 例えば、ソニーネットワークコミュニケーションズが提供する「NURO 光 10G」やKDDIが提供する「auひかり ホーム10ギガ」など、最大10Gbpsの光ファイバーサービスが一般向けに提供されており、企業においても従来と比べて安価な価格で10Gbpsの高スループット回線を手に入れることが可能になった。そして、2020年4月からは企業でも広く利用されているフレッツ網に10Gbpsのサービス「フレッツ 光クロス」が開始されたことで、これまでよりも10Gbpsへの乗り換えが加速する可能性が出てきた。

 特に業務アプリケーションをSaaS(Software as a Service)で利用する企業が増えていることからも、WAN側に抜ける回線の増強は喫緊の課題となっているはずで、10Gbpsの足回りが手軽に入手できる環境は望ましいはずだ。もちろんベストエフォートな回線ではあるものの、宅内に終端するためのルーターなどの刷新などにより、これまで以上に快適なネットワーク環境が整備できる下地がそろってきている。ルーター市場へのプラスの効果は出てくるはずだ。

 また、Wi-Fi 6など無線LAN環境の高スループット化が進めば、当然イーサネットスイッチの高速化も必要になってくるはずで、これまでの100Mbpsやギガビットイーサネットから2.5G/5Gbps仕様のマルチギガイーサネットへの環境整備も進む可能性があり、企業内の有線LANについてもさらなる高速化が求められてくる。イーサネットスイッチの刷新も検討する企業は増えてくるだろう。

需要があっても調達が難しいサプライチェーン動向

 ネットワーク機器市場に限らず、COVID-19がもたらす大きな影響の一つが、部品を含めた製品に関するサプライチェーン網だろう。たとえネットワーク機器の導入を検討したとしても、そもそも部品の調達や工場のラインが十分に稼働していない状況では、機器の入手自体が困難になる。もちろん、機器を入手するための物流についても余裕のある状況とは言い難いため、環境整備の準備そのものがうまくいかないこともあるだろう。また、工事を実施するための人的リソースの確保が難しいことも考えられるため、2020年度の市況は明るいとは言い難い。

ネットワーク機器市場におけるCOVID-19後の世界

Web会議の広がりで“固定回線”への回帰も起こりうるか

 COVID-19によってリモートワークが広がったことで、これまで以上にWeb会議といったコミュニケーション手段が常態化するケースも増えることだろう。そのため、映像をはじめとした高スループットが求められるアプリケーションが頻繁にやりとりされることになり、単にテキストのやりとりではさほど意識していなかった遅延などの影響が直接響く状況になっている企業も少なくない。ラストワンマイルを公衆回線などセルラーを利用してきた企業のなかには、より安定した通信品質が確保できる固定回線へ回帰するという新たな動きも出てくる可能性はある。

外部への委託が進むネットワーク管理

 最近では、無線LANをはじめ、イーサネットスイッチやルーターといったネットワーク基盤に必要な機器をクラウドから管理するクラウド管理型のサービスが登場してきており、特に中堅中小企業をターゲットに新たなネットワーク環境の提案を行っている企業も増えている。これは、Cisco MerakiやHPE Arubaといった外資系ベンダーだけでなく、クラウド上でのネットワーク機器管理を可能にする「Yamaha Network Organizer(YNO)」を提供するヤマハやクラウド管理型のソリューション「NetMeister」を提供するNECプラットフォームズといった国産ベンダーでも同様の環境づくりが行われており、無線LANやネットワーク機器を提供するメーカー自体がクラウド上で管理できる仕組みを実装していくことが増えてくるはずだ。

 実際にネットワーク運用におけるマネージドサービスがどこまで浸透しているのかははっきりしていないが、各ネットワーク機器の出荷先の状況から「所有」から「利用」へと舵を切る企業が増えている傾向にあることが読み解ける。各ベンダーにヒアリングを行ってみると、2019年度はエンドユーザー向けからキャリア向けの出荷が伸びていると回答するベンダーが多く、おそらくエンドユーザー向けのマネージドサービス向けの案件が増えている傾向にあるようだ。

ネットワーク機器市場における5Gの影響度合い

 2020年現在、ソフトバンクやNTTドコモ、KDDIなどがエリア限定ながら5Gの商用サービスをスタートさせており、3カ月ほど開始時期の延期を発表した楽天モバイルも、2020年度中には5Gサービスをスタートさせることになるだろう。また、企業や自治体などが個別に利用できる5Gネットワークとしてのローカル5Gについても、ソリューションを提供するベンダーではPoC(概念実証)が進められるなど、5Gネットワークが活用できる環境が整いつつある。この5Gの普及に伴って、従来WAN回線の足回りとしてLTE網を利用してきた企業のみならず、5Gの利用を見据えた検討を進めているところも多いはずだ。

 ネットワーク機器市場への影響については、安定性や低遅延性、セキュアな閉域網に期待を寄せる企業のなかには、従来企業内で敷設してきたWi-Fiネットワークをローカル5Gなどと比較検討する動きも出ており、無線LAN導入に向けた商談が足踏みするケースもあった。ただし、2019年度は注目度が高かったこともあり、企業におけるネットワークの在り方を根本的に見直そうという機運も一部にみられたが、現状はまだ5Gネットワークが広く普及していないこともあり、ネットワーク機器市場への影響は軽微だろう。

 もちろん、2020年度以降についてはサービスの広がりによっては企業での環境整備も進むことが考えられるため、どこかのタイミングで影響は出てくる可能性はある。それでも、Wi-Fiと5Gでは特性も違うため、従来のWi-Fiネットワークを全て5Gネットワークに置き換えるというよりも、用途に応じて使い分けられていくことが考えられており、現状ではネガティブな影響は予測に含めていない。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。