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新型コロナウイルス感染症がICT市場に与えるインパクト

2020年4月現在、世界規模で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっており、日本においては緊急事態宣言が発出されるなど、ビジネス環境での変化も避けられない状況だ。ここで、COVID-19の最新状況を考慮した国内ICT市場予測について見ていきたい。

» 2020年04月22日 08時00分 公開
[寄藤 幸治IDC Japan]

アナリストプロフィール

寄藤 幸治(Yukiharu Yorifuji):IDC Japan リサーチバイスプレジデント

IDC Japanのリサーチ部門の責任者として、調査の企画・実施、レポートやデータベースの発行、プロダクトマーケティング、インクワイヤリなど調査活動全般を統括。加えて、デジタルトランスフォーメーション推進に当たって、企業の組織体制、人材育成、ベンダー選定に関する調査実績も多く、調査レポートや講演などを通じて情報発信を行っている。


2020年の国内ICT市場はマイナス4.5%と予測

 人や動物の間で広く感染症を引き起こすコロナウイルス感染症。2020年に世界規模で感染が広がっているのが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だ。関東圏を中心に感染が拡大する状況を受けて、日本政府は2020年4月7日に特別措置法に基づく緊急事態宣言を発令した。

 発令当初は東京、大阪など7都府県が対象となっていたが、2020年4月16日には緊急事態宣言の対象地域を全都道府県にまで拡大するなど、感染拡大に歯止めをかけるための取り組みが進められている。

 このCOVID-19の影響を鑑み、IDC Japanは改めて国内ICT市場を予測した。今回のCOVID-19は、国内外の経済に大きな影響を与えることは間違いなく、特に製造業でのサプライチェーンへのインパクトや飲食、宿泊、運輸などのサービス業の低迷も含め、広範囲にわたって大きな影響を与えている。

 またCOVID-19の影響によって、2020年に開催予定だった国際的大規模イベントも延期となり、経済的影響のさらなる拡大は必至だ。当然ながら、国内ICT市場もその影響は波及し、2020年の国内ICT市場(出荷額ベース)は前年比4.5%減の28兆2155億円にまで落ち込むとIDC Japanは予測する。

 ただし、2020年の国内ICT市場は、COVID-19が広がる以前から前年比マイナス1%の成長率を予測していた。その背景にあるのが、「Windows 7」のサポート終了の影響だ。2019年度は、「Windows 10」への移行に伴ってPCを含めたデバイスが大きく出荷額を伸ばし、国内ICT市場全体を大きく押し上げたため、2020年は法人市場が一段落している。その反動で2020年はマイナス成長を見込んでいたが、COVID-19がマイナス成長に拍車を掛けることになるはずだ。

マイナス幅の大きな欧州、現状でもプラス成長を見込む中国

 グローバルでも海外のアナリストそれぞれが2020年のICT市場の動向を予測し、2020年4月2日には、米国IDCから世界全体でのITおよびICT市場の成長率予測が発表された。

 単月で見ると、2020年1月は、通信サービスを含まないITの支出はマイナス5.1%、2月はマイナス4.3%、3月はマイナス2.7%と予測。そして2020年全体でのIT支出はマイナス2.7%、ICT支出ではマイナス1.6%と予測する。

 国別の数字はまだ公開されていないものの、特にCOVID-19の影響を大きく受けている欧州ではマイナス幅が大きく、逆に中国ではこの状況下でもプラス成長を見込んでいる状況だ。海外でもICTに関する支出額は減少する傾向にあるが、他国と比べてPCの影響を大きく受けている日本に比べるとマイナス幅が少ないのが現状の予測だ。

プラス成長はどの領域? セグメント別に見た日本のICT市場予測

 国内のICT市場では、大きく4つのセグメントに分けて成長率を予測している。具体的には、スマートフォン、PC/タブレットなどの「Device」、サーバ、ストレージ、IaaS、ネットワークなどの「Infrastructure」、ソフトウェアやSaaSなどが含まれる「Software」、SIやマネージドアウトソーシングなどの「IT Services」、そして有線無線を含むデータおよび音声サービスとなる「Telecom Services」だ。

マイナス幅が大きい「Device」

 最もマイナス幅が大きいのが、PCやスマートフォンをはじめとしたDeviceセグメントだ。中でもWindows 7のサポートの終了で2019年に大きな需要が生まれたPCの反動が大きい。

 また、スマートフォンについては5G搭載のスマートフォンの出荷が2020年後半に集中することが予測され、高額なデバイスとして支出額に反映されるのは2020年後半以降になってくるはずだ。ただし、COVID-19の影響によるサプライチェーンの問題で、出荷そのものが遅れてくることも考えられるため、当初予想よりもマイナス幅が広がることが考えられる。

 一方で、テレワーク需要の高まりからモバイルPCを中心に需要の高まりが期待されるが、こちらもサプライチェーンの問題で必要な数がすぐに確保できるかどうかは未知数だ。結果として、全体としての落ち込みはマイナス22.0%と大きなものになると予測している。

景気動向に対する感度が高い「Infrastructure」

 もともとサーバやストレージ、ネットワーク機器などのInfrastructureセグメントは、景気動向に対する感度が大きく、景気が落ち込むとマイナス幅がより大きく、景気が上向くとより大きなプラスに転じる傾向にある。実際にインフラ整備に必要な総量は大きく変動していないものの、今回はマイナスの方向に作用することで、この領域での成長率はマイナス1.2%と予測している。

 中でも、ハイエンドおよびミッドレンジのサーバについてはマイナス幅が大きい。また、COVID-19の影響とは別に、インフラ環境のクラウドシフトが大きく続いていることもあり、IaaS自体の需要は伸びていくことになるだろう。ネットワークについては、前年比でも横ばいか微減程度だと予測している。中でもネットワークの無線シフトが進んでいることから、無線LAN領域も影響を受けるものの、プラス成長に推移すると考えられる。

 なお、社内向けのインフラ投資をリモートワーク環境の整備に切り替えるなど、COVID-19の影響で予算の組み換えが発生する可能性は十分に考えられる。ただし、現時点では収束時期が見えていないため、そこまでの動きはまだ顕在化していない。COVID-19の影響が長引けば、予算の優先順位が切り替わっていくことはありうるだろう。

SaaSやセキュリティがプラス成長をけん引する「Software」

 今回のセグメントの中で唯一プラス成長を期待されるのがSoftwareで、4.0%の成長を見込んでいる。実はCOVID-19以前から見通しはよく、2019年と同等程度の成長率を見込んでいたこともあり、現状でもプラス成長が期待される。

 特にソフトウェア導入は年度単位での予算取りで導入が決定されることはもちろん、在宅勤務などテレワーク環境を整備する中でSaaSの利用が広がったり、セキュリティ強化に向けて投資が進んだりなど、さまざまなプラス要因が想定される。もちろん、COVID-19以前の予測よりは低い成長率になるものの、プラス成長は維持されるはずだ。中には、当初の見立てよりも成長するセグメントも出てくるだろう。

 在宅勤務に対応するためにテレワーク環境の整備を進める上では、デバイスやセキュリティとった環境整備だけでなく、ビジネスプロセスの見直しも重要なテーマとなる。昨今では申請承認にまつわる“ハンコ文化”に関する話題がクローズアップされるほどで、ワークフローを含めたプロセス変革の中で、ソフトウェアの投資は増えていくものと考えられる。

 他にも、AI(人工知能)やアナリティクスなどミドルウェア関連のソフトウェアが含まれるADD(Application Development and Deployment)領域についても当初から成長率が高く、COVID-19の影響下であっても大きな予算削減にはつながらないと予測している。

SIなどプロジェクト案件が停滞する「IT Services」

 Deviceほどではないもののマイナス成長と考えられるのが、SIをはじめ、マネージドサービスや製品関連のサポートサービスなどが含まれているIT Servicesセグメントだ。COVID-19の影響については、おそらく業績不安のなかで新規の開発プロジェクトが延期されることも当然想定されるため、当初はプラス成長を見込んでいたものの、最終的にはマイナス1.8%になると予測する。

 ただし、マネージドサービスやサポートサービスなどは長期契約のなかで行われることも多く、本来は単年度でのマイナス要因にはなりにくい。ただし、このセグメントでも継続的な開発プロジェクトなどが含まれているケースがあり、開発プロジェクトの延期や中止なども十分に考えられる。リーマンショック時には、契約の途中や更新段階で価格折衝が行われたこともあるため、経済環境の悪化に伴ってマネージドサービス領域でもボディーブローのように効いてくる部分が少なからず発生することだろう。

通信量の増加に支出が伴わない「Telecom Services」

 有線・無線に関する電話やデータ通信サービスに関連したTelecom Servicesセグメントについては、COVID-19の影響はそこまで大きく響かず、マイナス0.5%程度と予測している。電話などの音声サービスは以前から減少傾向にあるものの、モバイルを中心にデータ通信は好調を維持している。ただし、データ量は総じて増えるものの、支出額に反映されにくくなっているのが現状だろう。特に、回線数自体は総人口よりも多い契約数であり、ある意味飽和状態にある。また契約形態についても、定額サービスをはじめ、ある容量を超えるとそれ以上コストが発生しないようなサービス形態が増えており、データ量が増大する割には支出面に響きにくくなっている。

 もちろん5Gサービスが普及してくれば、支出額の面でも影響が出てくる可能性はあるが、2020年から2021年の間にはそこまで大きな伸びは期待できないだろう。

アフターコロナのICT投資はどう変化するのか

 最後に、企業における今後のICT投資について考えてみたい。もともと2020年に日本で開催予定だった国際的大規模イベントに関連して、日本国内では大規模なセキュリティインシデントが想定されていた。そのため、多くの企業ではセキュリティへの投資を積極的に進めてきていただろう。今では、自然災害同様にサイバーセキュリティの強化が企業の事業継続に必要不可欠なことが認識されつつあり、イベントの開催を1年延期された今でも、セキュリティへの投資は継続的に行われるだろう。テレワークをはじめとした働き方への変革も手伝って、これまで以上にセキュリティへの投資は進んでいくと予測している。

 また出社できない環境下でも事業を継続していくためにはビジネスプロセスの変革が必要であり、ワークフローなどエンタープライズアプリケーションに関わる領域でも、2020年の後半から需要が高まってくるものと考えられる。

 まだ不透明な領域としては、これまで堅調だったDXへの投資がどうなっていくのかという部分だ。COVID-19の影響で大きくシュリンクするのか、一時的な落ち込みを経て再び拡大するのかは注視する必要がある。今回の1件で日本におけるデジタル化の遅れが浮き彫りになった面も少なくない。特に事業継続の視点で見れば、COVID-19で世界的なウイルスまん延の被害が終わるわけではなく、今後も新たなパンデミック被害が発生することは十分に考えられる。その対策に向けても、テレワークなど新たな働き方やビジネスプロセスの変革を、ITの力やデジタルの力によって成し遂げていくことが事業継続にとって欠かせないことは多くの経営者が実感したはずだ。今回のCOVID-19をポジティブに捉え、新たな世界の常識となる「ニューノーマル2.0」の世界に適用できるよう、デジタルをさらに加速させていくことが重要になってくることだろう。

 なお、今回の予測は2020年3月末時点のもので、4月以降に発出された緊急事態宣言などの影響は加味していない。今後起こりうる状況の変化によって、予測も変わる可能性があることは言及しておきたい。

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