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» 2020年03月11日 08時00分 公開

電子回路では到達不可能な超高速・超低電力動作を実現 グラフェンを利用した「全光スイッチング」技術

電子回路の微細化によってプロセッサの性能を向上してきたが、それも限界を迎えつつある。その代わりとして期待されているのが、チップ内部への光回路実装だ。NTTと東京工業大学が「全光スイッチング技術」の開発に成功した。

[土肥正弘,ドキュメント工房]

目次

  • 電子回路の限界を超えるために
  • 「全光スイッチング」技術とは
  • グラフェンをどのように用いて、超高速・低消費エネルギーを実現したのか

電子回路の限界を超えるために

 プロセッサの性能向上問題に対する答えの一つに、半導体材料の加工プロセスを超微細化することがあった。半導体チップの集積密度が1〜2年でほぼ倍増するという「ムーアの法則」によると、プロセッサの回路を微細化すればその分動作速度が上がり、それに応じて消費電力も下がるといわれてきた。ムーアの法則通り、プロセッサは小型化・高性能化を続け、コンピュータはメインフレームから、ミニコンピュータやPC、スマートフォンへと姿を変えた。小型化、省力化を実現し、コストパフォーマンスも高まった。

 しかし近年ではムーアの法則が限界を迎えている。あまりに超微細化した回路では絶縁技術が課題になるとともに、発熱の影響を回避できなくなり、今以上の高性能化と省電力化が困難になってきたのだ。動作周波数の増加が頭打ちになり、現在はチップの3次元化やメニーコア化といった構造的な革新により活路を見いだそうとしている状況だ。

 その一方、「そもそも電気を利用する技術がやがて限界を迎える」ことを見越して、主に2つの技術革新に期待が寄せられている。1つは量子コンピュータだ。これには量子ゲート方式と量子イジング方式の双方が研究されている。量子アニーリングを用いる量子イジング方式により特定の問題に適性のあるコンピュータが商用化されてはいるが、汎用(はんよう)的に利用できる実用的なモデルはまだ存在していない。従来のコンピュータと量子コンピュータとで大きく異なる点は、0と1の組み合わせでビットを表すのではなく、量子ビットを扱うところにある。これは従来のコンピュータの基本的な仕組みを根底から覆えすものになる。

 もう一つが従来のようにビットを扱うコンピュータで、電気信号の代わりに光信号を利用するものだ。電気回路においては、抵抗と電気容量に依存した応答遅延(RC時定数)が必ず起きるが、光信号を用いることによってこれを低減できる。また、電気配線における熱の影響を回避でき、省電力化につながる。

 まずはチップ間の結線を光に替え、そして将来的にはチップ内部のコア(メニーコア)に光メモリや光スイッチを配置する光ネットワークを重層して、チップの超高速処理を可能にするのが本研究の方向性だ。ナノテクを駆使した他の素子開発も進展しており、光導波路や光波長フィルターの他、ナノサイズのレーザーや受光器、光RAMなども含め、チップに高密度の光素子を詰め込んだチップ内光ネットワークの実現が期待されている(図1)。

チップの中に光ネットワークを形成 図1 チップの中に光ネットワークを形成(資料:NTT)

「全光スイッチング」技術とは

 光ネットワークの構築に必要な要素の一つに光スイッチングがある。スイッチングとは、信号のON/OFFを行う仕組みのこと。例えば照明の電源スイッチは入/切で点灯/消灯を制御するし、トランジスタ(FET)ならゲートに電圧をかけた時だけソースとドレイン間に電流が流れる形でスイッチングしている。超微細なトランジスタを大量に基板に作り込んだのがLSI(大規模集積回路)で、コンピュータのプロセッサなどに活用されている。その意味ではプロセッサは超微細で膨大な数のスイッチのかたまりだ。当然、スイッチの切り替えにかかる時間が短ければ短いほど、処理性能が上がる。そこでスイッチングをより高速に実行できる仕組みが研究されてきた。その最先端の成果が、NTTと東京工業大学が開発した「グラフェンを利用した全光スイッチング」技術である。

 一般に「光スイッチ」と呼ばれる技術では光を信号として使うが、スイッチング制御には電気を用いる方式と光を用いる方式がある。電気を用いる方式は、光を通す媒質に電気を作用させて屈折率変化や吸収率変化を起こしてON/OFFを切り替える。しかし、上述のようにRC時定数によって速度が制限され、スイッチングの所用時間は数ピコ秒(ナノ秒の1000分の1、10のマイナス12乗秒)単位までが限界といわれる。一方で、制御にも光を用いる方式、つまり全光スイッチングはその制限を受けない。光を光で制御するため、電気回路で生じる限界を超えた高速化が実現できるのである。

 全光スイッチング技術研究成果を俯瞰(ふかん)してみると、図2のようになる。縦軸がスイッチング時間で、横軸が1ビットあたりの消費エネルギーだ。図の左下に位置するものほど高速かつ省エネということになる。今回の研究成果(★印)は、他の多くの研究よりもはるかに消費エネルギーが少なく高速性にも優れるというバランスのとれた位置付けとなる。

光を利用したスイッチング技術研究の成果 図2 光を利用したスイッチング技術研究の成果(資料:NTT)

 図中の青色背景の領域にプロットされたこれまでの光スイッチ研究によって、スイッチング時間を1ピコ秒以下にまで縮めることはできた。しかし、そのような超高速動作には大きなエネルギーを必要とし、低消費エネルギー化を実現しようとするとスイッチング時間が長くなるという、いわいるトレードオフの関係が障壁となっていた。

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