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”中小企業病”を治療するクラウド活用策、不動産、製造、介護の事例

中小企業でもクラウド活用が進んでいる。情報が紙ベースで全社共有もままならなかった不動産、町工場、介護の現場を変えたIT活用とは? 「全国中小企業クラウド実践大賞」で表彰された3企業の取り組みを紹介したい。

» 2020年03月09日 08時00分 公開
[北原静香クロスラフ]

 クラウド活用で組織改革や新たなビジネスの創出にクラウドを有効活用した中小企業を選ぶ「全国中小企業クラウド実践大賞」全国大会が2020年2月12日に開催された。同大会は、日本商工会議所他6つの団体で構成されるクラウド実践大賞実行委員会が主催し、和歌山と金沢、盛岡、長野、福岡で行われた各地方大会で選出された中小企業および小規模事業者10社が参加した。各社の公開プレゼンテーション後、総務大臣賞をはじめとする8つの賞の選出および授与が行われた。

 ブラック気味な労働環境や人員の偏りによる技術継承の問題、さらに人手不足といった問題は多くの中小企業が抱える“中小企業病”ともいえるだろう。クラウド活用はそれらの"病"をどう解消したのだろうか――。

目次

  • 不動産業界のグレーなイメージを払拭、町の不動産屋がグループ企業まで進化
  • 技術継承のために若手を増やすも生産成功率低下、町工場はどう改善した?
  • 人手不足が深刻化する介護業界、離職率の改善策とは

情報は紙ベースが当然の不動産業界のクラウド化をけん引

 総務大臣賞を受賞したのは、愛知県名古屋市を中心に不動産コンサルティング業を営むatsumelだ。同社は愛知県の建設業アップウィッシュのグループ会社で、不動産業界に特化したSalesforceの導入を支援している。

 「不動産業界は経営者の年齢層が高く、働き方改革やIT化が遅れているとよくいわれます。情報は紙ベースで、各営業の机の引き出しにあるような企業も少なくないでしょう」こう話すのは、同社のマーケティング統括責任者 執行役員 伊勢隼人氏だ。

 伊勢氏はかつての自社の状況を「現在はアップウィッシュのグループ会社ですが、10年前は従業員が14人しかいない不動産屋でした。もちろん情報は紙文書がほとんどで、営業の机の引き出しの中にたまっている企業も少なくないでしょう。当時、新卒で入社した私は、店の営業時間終了後にチラシを近隣にポスティングして回り、休暇もほとんどとっていませんでした。同期で入社した従業員は、私を除いて皆退職してしまいました」と振り返る。

 そんな状況に変化の兆しが表れ始めたのは2012年、伊勢氏が営業マネジャーに就任した頃だ。セールスフォースのCRM/SFAである「Sales Cloud」を導入し、手探りで利用を開始した。それまで紙あるいはExcelで個別管理されていた顧客情報や集客情報、物件管理、日報、契約書、スケジュールといった情報をクラウドで一元的に管理した。

ALT 過去の情報管理

 「情報が机の中にしまわれたままになっている状況をなくすため、情報を整理して可視化することにしました。Sales Cloudで一元管理するようになったことで、状態がすぐに分かるようになりました」(伊勢氏)

ALT 現在の情報管理

 時を同じくして、宣伝広告費の最適化のため、チラシや雑誌広告からWeb広告に切り替えた。顧客からの問い合わせは急増し、チラシ経由より不動産情報サイト経由が大きな割合を占めるようになってきた。しかし、集客は上昇したものの、営業担当者は見込みが低い顧客の情報を捨ててしまい、売り上げが伸びないという課題に直面した。そこで2014年、不動産業界の先駆けとしてインサイドセールス部門を立ち上げ、同社は営業プロセスの見直しに着手した。2016年にはWebで見込み客の行動を追跡してナーチャリングするため、セールスフォースのマーケティングオートメーションである「Pardot」を導入している。

 現在、顧客からの問い合わせはインサイドセールス部門がまず電話やメールを受け取り、アポイントが取れれば営業担当者に連絡する流れになっている。もちろん顧客とやりとりした内容を含め、全ての情報がセールスフォースのプラットフォームで共有され、営業担当者との連絡はチャットを使っているという。短期間でクラウド化の歩みを進めた同社だが、定着化までの道のりに壁はなかったのだろうか?

新たな仕組みを社内のインフラ化し事業拡大、10年で組織規模10倍に

 「顧客関係管理システム(CRM)、営業支援システム(SFA)、マーケティングオートメーション(MA)などの仕組みを導入しても、使ってもらえないという話をよく聞きますが、当社の場合はまずログインしていなければ、インサイドセールスから情報をパスしてもらえない仕様になっています。こうして仕組みをインフラ化することによって、住宅メンテナンスなど他の部門でも使ってもらえるようになりました」(伊勢氏)

インサイドセールスの役割

 インサイドセールス部門では、単に顧客からの問い合わせに対応するだけではなく、不動産を購入したい人に向けた「不動産の買い方」や「住宅ローンの借り方」といった情報を、顧客の属性に合わせて自動メールを配信している。およそ1万ユーザーに対して5人のスタッフがフォローしているという。

MAとは?

 このような改革の結果、10年前と比較して社員はおよそ10倍の132人になり、拠点数も1拠点から11拠点まで規模が拡大した。さらにインサイドセールス部門の立ち上げによって、商談設定数も約4.4倍になったという。

 「いまだに不動産業界はグレーな業界だと思われている。クラウド活用によって不動産・住宅業界のサービスを向上させ、学生が憧れるような仕事にしていきたい」と伊勢氏はプレゼンを締めくくった。

全社の情報共有を徹底し、納期対応力を強化

 日本商工会議所会頭賞を受賞したダイヤ精機(東京都大田区)は、自動車や医療機器用ゲージなどで使われている超精密金属加工を得意とするメーカーだ。同社の代表取締役 諏訪貴子氏は、NHKドラマ「マチ工場のオンナ」のモデルとしても知られている。

 同社は、2004年より社員の意識改革、生産管理システムの全面見直し、若手の技術者への技能継承に力を入れ始めた。さらに2007年には人材確保育成に着手した。結果、従来の50代や60代のベテラン技術者が多く若手が少ない逆ピラミッド構造を、“技術を維持したまま”多くの若手が少数のベテランの下で働くピラミッド構造へと組織構造が変化したという。

 しかし、技術は維持されていても、ベテラン技術者と若手技術者では同じ作業にかかる時間が違うため、実際には生産性が低下してしまった。若手は図面を渡されてから機械を稼働させる前の段取り時間に大きく時間を割く傾向にある。

 「ベテラン技術者は、これまでの経験から図面を渡されるとすぐに機械を稼働させます。しかし、若手の技術者は、どうやって加工すればいいのかを考える時間が必要になります。この段取りの時間をなくすわけにはいきません」(諏訪氏)。

 若手技術者のタイムロスを補完するため同社は、全ての部門で情報を共有し、会議、電話対応、営業との確認、物を探す時間を最小限に抑えることで生産性の向上を目指している。また多岐にわたる共有したい情報を全てクラウドで管理し、グループウェアを介して必要な情報にアクセスするようにした。

 そんなダイヤ精機が導入したのは、テクノアのグループウェアである「Lista」だ。さまざまなグループウェアを検証した結果、諏訪氏は「シンプル」「簡単」「安い」ことがグループウェアには求められることに気づいた。Listaのトップページからは全て情報が閲覧可能で、各部門からの情報を一目で把握できる。

一目で情報が見えるUI

 全社通知メッセージは、従業員全員に強制的にメッセージを送信する機能だ。「私は“知りませんでした”という言葉が嫌いです」と話す諏訪氏は、「内容を確認した」とチェックしなければ、全社通知メッセージは表示されたままになるとし、回覧板を作成することなく全従業員に必要事項を伝達できることを強調した。また、顧客管理からは、企業の財産ともいえる名刺を営業日報とひもづけて管理できる。誰がいつ、どんな営業をかけたのかが分かるようになっている。

 ダイヤ精機では、売り上げと不良数の2つの目標を見える化し、社員間で共有している。不良数が0更新を続けている、あるいは目標よりも売り上げが伸びているといった目標の数値を意識することで、従業員のモチベーションが向上し、生産性の向上につながっているという。

 諏訪氏は最後に「中小企業のIT化はまだまだ遅れているといわれています。『もっと気軽に中小企業でもIT』を合言葉に、尽力していきたいです」と締めくくった。

クラウド化が介護現場の離職率を軽減

 全国商工会連合会会長賞を受賞したのは、岩手県雫石町と盛岡市を拠点に住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスなどを展開している企業、航和だ。クラウドサービスの導入によって介護現場の作業効率を向上させ、離職率の軽減に成功した。

 介護現場の人材不足は全国的な問題で、航和も例外ではない。離職率が軽減した今でも、人手不足が課題となっている。にもかかわらず、同社の2015年の離職率は28%と、3人に1人は辞めてしまう厳しい状況に置かれていた。

 航和の前身は整骨院で、代表の佐々木航氏は介護現場出身ではないため、施設に勤務する介護士に徹底的にヒアリングを実施したという。その結果は佐々木氏の予想と異なり、「介護は大変ではない。大変なのは事務作業」という声が多く寄せられた。そこで佐々木氏は介護士の事務作業の軽減と、入居者の情報共有に着手したという。

 それまで航和では、伝達事項やケアプランなどは、毎日紙にコピーしてスタッフに配布していた。利用者別に紙ベースの情報ファイルを保管する場所が必要になることや、検索に手間がかかることが問題になっていた。そこで、検索機能をもった情報共有ツールとして「Evernote」を導入し、スタッフはタブレットで現場からも情報を共有できるようになった。しかし、介護記録を管理するソフトウェアと連動できないため、PCへの入力が二度手間になる課題が残されていた。

 これらの課題を解決するため、航和はITシステムを根本から見直し、2017年にはNDソフトウェアの介護ICTアプリ「ほのぼのNEXT」へと全面切り替えに踏み切った。職員は現場でタブレットから介護アプリに入力できるので、二度手間になることはない。心拍数や体温といったバイタル情報は、Bluetooth対応のデバイスを利用することで、自動的に記録される仕組みも導入している。

 その結果、介護士は1カ月で7.5時間、年間では91時間の作業を効率化することができたという。しかも、バイタル情報は一元的に管理され、グラフなどで可視化できるため、入居者の体調が思わしくないときには、バイタル情報を医師と共有することも可能になった。この改善によって、介護士1日あたりの改善時間は約40分となり、離職率も10%まで下げることにつながった。

 「これから超高齢化社会がきます。私たちは介護現場の課題をテクノロジーで解決し、利用者、利用者の家族、そして働く介護士を笑顔にしていきたいと思っています」(佐々木氏)

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