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RPAで一難去ってまた一難、年間2万8000時間を削減した遠州鉄道の壮絶な1年半

導入から約1年半でRPAの全社展開を果たした遠州鉄道。各フェーズで課題に見舞われたという、プロジェクトの全貌を「BizRobo! LAND 2019 TOKYO」で語った。

» 2019年10月04日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
2019年9月18日にRPAテクノロジーズが開催した「BizRobo Land 2019 TOKYO」に登壇した遠州鉄道 経営企画部 ICT推進課 課長 山内大輔氏

 目がくらむような定型業務の量に、PoCも行わず即決でRPA導入を決めたという遠州鉄道。2017年の12月にはRPAプロジェクトをスタートさせ、2019年には全社で年間約2万8000時間の削減効果を挙げている。しかし、約1年半の道のりは、困難にあふれていた。

 「スタートから半年は、開発がなかなか進まなかった」「導入から約1年が経過した成長期には、『このような取り組みでよいのか』という不安が沸き上がった」「ロボットが100体を超えると、管理しきれなくなった」――。次々に現れる壁を、どのように乗り越えてきたのか。

驚くほどの定型業務の量を前に、PoCなしで導入を決断

 遠州鉄道は鉄道、バスの運営の他、総合生活産業を営む企業。人口減少による市場縮小を前にして、2020年以降も生き残るにはどうしたらよいのか――。中期経営計画「サバイブ2020」を打ち出し、「筋肉質」の経営体質を作り上げるために、IT技術の活用による年間5万時間の労働時間削減を目標に掲げた。その一環として、RPAの導入に取り掛かったという。

 まずは業務実態を把握するため、作業内容、実施頻度、所要時間、年間の回数、業務コストのヒアリングを始めた。調査の結果、「驚くほどの定型業務の山」が存在していたと山内氏は振り返る。

 経理・総務部門では「月次終始報告書作成」「請求書チェック」「資金繰り表作成」「会計システムからの入出力」などが相当した。人事労務部門では「残業時間の集計「人件費検証資料作成」「社会保険料控除チェック」「勤怠チェック」、営業事務には「物件と顧客情報の入力」「複数ファイルの統合、加工、利用者集計」「Webからの他社情報収集」などの定型業務が存在し、全てに入力・登録、集計・コピペ、チェック、検索・抽出といった単純反復作業が含まれていた。「あまりの量に、ヒアリングが終わらないうちに、PoC(概念実証)も行わずに導入を決めた」と山内氏。

 その後、トップダウンで「RPAによって、1万5000時間を削減する」というKPIを打ち出し、経営企画部内に従業員20人からなるICT推進課を新設。専業でRPA活用を推進する組織を立ち上げた。

進まない開発

 2018年2〜7月の半年間は導入期として、ツールの学習や開発体制・ルールの整備に注力した。しかし、当初はロボット開発のための汎用的なプログラムもなく、スキルも不足しており開発がなかなか進まなかったという。

 そこで、開発チームを3人1組の3チームに分け、1カ月に1人1体のロボット開発を目標に設定。チームおよび個人の開発進捗を「案件管理表」「RPA進捗状況集計表」で視覚化し、ロボットによって削減できた時間だけ、チームと個人にポイントを付けて毎月集計した。これによって、チーム間、個人間によい刺激を与え合う環境が生まれたという。

 また開発手順については、対象業務の内容を「ヒアリングシート」に詳述し、分かりにくい作業はPC画面も動画撮影して、第三者にも理解しやすいようにした。管理面でも効果が上がった。

「これでよいのか」という不安が生まれる

 2018年の半ばを過ぎる頃には、成果を実感するようになった。一方、「他社に比べて浸透スピードが遅くはないか」「このような取り組み方でよいのか」という不安がわいてきたという。世間の導入事例は増えていたが、実際に役立つ情報は少なく、社内向けに「RPA活用のノウハウ」を十分に発信できていないという自覚もあった。

 そこでRPA導入に成功している住宅メーカー、百貨店、銀行など大手5社を訪問し、自社が不安に感じている点、疑問に思う点について話を聞いた。山内氏は、これを「他社ベンチマーク」と称している。

 その結果、成功企業は(1)RPA専門組織があり、ヒアリングからロボット開発、運用・保守までを担当していること、(2)長期的に継続可能な、明文化された運用統制ルールを策定していること、(3)RPAは手段であり、BPRの一環として推進するという業務改革の意識があること、といった共通事項が見つかった。

 ベンチマークを基に、あらためて「やめる」業務、「減らす」業務、「改善する」業務を仕分けして、何らかの取り組みが必要な業務は「RPA化するもの」と「それ以外の対応を図るもの」に分けた。

 その他、現場の業務改善意識を向上させるために、社内に情報を発信する機会を設けた。例えば、月1回の「取り組み状況レポート」、年2回の「ICT活用事例発表会」を開催し、現場からの業務改善の提案が出てくるようになった。さらに、RPAのメリットや各種機能を社内にPRする「豆コラム」や、Eラーニングもスタートさせた。会社全体でITによる業務改善の意識が向上していった。

ロボット数が100を超え、管理・運用の課題が表面化

 導入から約1年がたった2019年3月には、ロボットが100体を超え、管理が難しくなってきた。

 「全体の最適化よりも個人業務の効率化が優先された結果、小さなロボットが乱立し、部門内や担当者レベルでのみ詳細が把握されている状況になってきた。それらは既存業務をただ代替するものが多く、時間削減効果が小さくなってくるとともに、保守工数も増えていった」(山内氏)

 解決策として、まずRPA開発基準を制定した。具体的には、「開発の時間・難易度(複雑さ)が大きすぎないか」「月に5時間以上の削減効果があるかどうか」という点を、あらためてロボットの開発前にチェックするようにした。その上で、低コストで効果の高い「即戦力ロボット」と、コストは高いが効果も高い「チャレンジ案件」を優先することにした。

 山内氏はこの施策について「RPAに慣れる段階から、グループ全体の効果が高いRPA活用段階への移行に踏み切った」と振り返る。

 次に「RPA開発計画書」の見直しに取り組んだ。RPA開発計画書には、業務内容の全容ととともに、業務フローの中でRPAがどう組み込まれているかを記載。ロボットの詳しい作業内容も把握できるよう、シナリオの設計画面を記載した上で、シナリオの各フェーズことの処理も示した。また削減可能時間数や、削減可能コスト、利用日時や利用方法、障害発生時のメール送付先などを記す運用にした。これによって、開発申請者とICT推進課が、本番稼働前にロボットの機能や効果を詳しく認識できるようになった。

 RPA開発前の事前チェックと、開発計画書の精密化により、ロボットを長期的に負担なく運用するための体制が整った。

 その他、社内教育の一環として、蓄積した知見をナレッジとする「逆引きレファレンス」、開発者用の教育プログラム、中級者向け教育メニューなどを作成した。「初心者は取り組みやすく、慣れた人はマンネリ化せずにスキルを上げられるよう工夫した」と山内氏は話す。

ロボット377体、年間で2万8092時間の削減に成功

 導入から約1年半を経過した2019年8月時点で、ロボットは377体にまで増え、月間2341時間の削減効果があることを確認した。年間に換算すると、2万8092時間を削減できることになる。

 山内氏は「スタートから半年はなかなか開発が進まず、非常に苦労したが、そこを乗り越えるとRPA推進は加速していった。そこがターニングポイントだった。RPAは業務改革と働き方改革の原動力になる。ICTなくして成長なし。その思いで1年半RPAに取り組んできた」と締めくくった。

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