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ニトリが「ニトリ大学」を設立? 「売上3兆円」達成のための「好奇心マネジメント」とは何か

グローバルで拡大を続けるニトリホールディングス。グループがさらなる組織強化のために着手したのは、人材マネジメントと、人材を発掘するためのある思い切った仕掛けだ。

» 2019年07月05日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 札幌市に本社を置くインテリア小売業大手ニトリ。「お、ねだん以上。」のキャッチコピーでも知られる。店舗数を拡大し多様な商品を展開する同社は、いまやグループ会社を含めるとグローバルで19社、4万人以上の従業員を擁する超大企業だ。

 規模を拡大する同社は、人材開発に将来を託す。デジタル変革を伴う「暮らしの再発明」を実現する人材育成には、本人も知り得ない才能を発掘する仕組み作りが重要だという。間もなく始まる同社の人材開発の取り組みを紹介する。

ニトリのWebサイトより。独自商品の開発ストーリーも公開している

※本講は2019年6月25日、東京で開催された「Workday Elevate Tokyo」でのワークデイの講演を基に内容を再構成した。


ニトリ人事部門のHCM導入、成長の原資育成の軸に据えた指標は?

 ニトリホールディングスは、2019年12月から新たにクラウド型人財管理ソリューション「Workday HCM」を導入する。だが、ただのHCM(人材マネジメント)システム導入ではなく、そこには成長の原資を最大化する作戦がある。本稿ではニトリの成長戦略と人事構想を紹介する。

 ニトリの組織開発室長の長島寛之氏は、「人事の基本は従業員個人に寄り添うこと。テクノロジーの力を借りて従業員個人個人のモチベーションを上げていきたい」と語る。

ニトリホールディングス 組織開発室 室長 永島寛之氏

 永島氏が理想としているのは、従業員が自律的に学び、成長していける環境を作り、人財の力で会社と事業を拡大していくことだ。「知の探索と、自分の境界を超えて好奇心を発揮すること(越境好奇心)を、Workdayなどの力を借りて実行していく」。そう決意した背景には、ニトリが2032年に実現を目指している第2期30年ビジョンがある。「店舗数3000、売上3兆円」という高い目標だ。

暮らしの再発明のために「これまでにいなかったような人を育成する」

 現在のニトリの店舗数は576、総売上は国内中心に6000億円だ。これまで32期連続増収増益で事業拡大を続けてきているとはいえ、従来と同じ角度の右上がり成長カーブではなく、「非連続」の成長を目指す必要がある。その非連続成長のためにはチェンジマネジメントが必要だと永島氏は言う。

 「ニトリは製造、物流、IT、小売業の仕組みや、低価格高品質の仕組み、コーディネートやサービスという、従来の非常に強いコアコンピタンスを持つ。その延長線上に『暮らし提案』を拡大してビジネスフォーマットを拡大することはできるが、その先の『暮らしの再発明』に至るデジタルトランスフォーメーションには進めない。現在の枠を超え、M&Aやさらなるグローバル展開、イノベーション、新事業などにより目標達成を目指すチェンジマネジメントが必要」との旨を語った。

 いまニトリに求められるのは企業規模と事業領域の拡大だ。永島氏は、業務の仕組みが複雑化していることや、成長の実感がないという若年層のキャリア観の変化、上司からの要求が多くなり過ぎてマネジメント力が相対的に低下していることを、課題として指摘する。そこで求められるのが多様なタレント(人材)だ。「これまでにいなかったような人を育成する。好奇心に蓋をしている人材には資質を最大化してもらうことが課題」だと永島氏はいう。

 そのために何が必要かを考えたとき、永島氏は「学び」の重要性に行き着いた。ラーニング中心に人事システムを構築したいという思いが強くなったのは、2018年の8月ごろのことだ。その時に出会ったのがグロービスの学習コンテンツだ。一方のWorkdayには前職(ソニー)時代に利用経験と「助けられた思い出がある」という。この両社とともに社内の教育改革を行い、人財登用に結び付けていくことを検討した。

 「必要なのは『好奇心のマネジメント』。今ある知を深め、新しい知を探索していくのが基本だ。学習内容から、まだ本人が気付いていないポテンシャルを見いだし、それを生かせる部署に配属することも考えられる。学習態度を1つのコンピテンシーとして分析することで仕事適性を見いだしたり、将来的にはAIを使った学習分析による上司と部下のマッチング予測を行ったりして、従業員の好奇心をうまくマネジメントしていける仕組みを作りたい」(永島氏)

 「個人の成長を会社の成長につなげたい」との強い思いは上層部に通じ、細かい要件は後回しで、2018年10月から企画して3カ月で稟議が通り、2019年2月には契約がスピード締結できたという。2019年11月にはWorkday HCMを運用開始し、同年12月には本格的にラーニングプログラムを始める予定だ。

短期間で企画から稟議導入運用開始 短期間で企画から稟議、導入、運用を開始

ニトリの「学び中心」HCM構想の具体イメージ

 ニトリがHCMの中心に据えた「学び」のコンテンツ提供者として選ばれたのがグロービスだ。グロービスは、日本最大の社会人向けビジネススクール。MBA取得をめざして約1000人が入学する(本年実績)。同社が外部に向けて提供しているサービスに「グロービス学び放題」(3年前に開始したサブスクリプション型のサービス)がある。現在250コースあり、保有する動画コンテンツは2500本を超えているという。良質なビジネスナレッジを隙間時間で学べるとあって人気は高く、6月24日段階でユーザーは10万人を突破している。このサービスを、「ニトリ大学」と名付け、人材登用に結び付ける。おおまかな構成イメージは下図のように構想されている。

Workday、ニトリ(ニトリ大学)。グロービス学び放題の連携イメージ Workday、ニトリ(ニトリ大学)、グロービス学び放題の連携イメージ

 グロービスがさまざまな学習コンテンツを提供し、多数の学習履歴、学習データがWorkdayのタレントマネジメントシステムに提供され、ニトリがそのデータを活用して次の施策を打っていく。このサイクルを3社で行いながら、適切な人財登用、事業成長、イノベーションにつなげる。

グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター 井上陽介氏 グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター 井上陽介氏

 本稿取材時、既にニトリ社内で「学び放題」を始めて約1カ月が経過していた。

 グロービスの井上陽介氏はこの取り組みの目的を「自身の仕事の課題を乗り越える糸口を自分自身で見つけていくこと。また自分自身のキャリアを自ら作っていくための必要な知識を学んでいくこと。自律して成長できる時間を増やしていこうという目的で取り組んでいる」と述べた。

 学習コンテンツとして年間約1000本の動画が追加されているといい、同社はその中で共通で学ぶコンテンツをレコメンドする。また海外、商品企画、サプライチェーン・マネジメント、財務などさまざまな職種に応じたカリキュラム群構成を社員にレコメンドする。「学習データはストックされるので、人事が人財登用に活用していく。個人がWin、人事もWinとなる」。

 稼働状況は、ダッシュボードで活用でき、例えば現在どのくらいの人がどのコンテンツを見ているのか、コースの中で満足度が高いのはどれかなどが随時確認可能だ。情報をブレークダウンすれば、個人の学習行動を具体的に把握できる。「学習行動が具体的になるほど次の人財登用の参考情報になり、施策につなげやすい」(井上氏)。また定性的なコメント情報も収集できるため、社員の満足度や学んだことを仕事に生かす動機付けができているかどうかも把握可能という。

 永島氏は、「毎日500人が1時間ラーニングすると500時間分の知識を蓄積できる。この行動そのものもデータとして、配置、活躍する人のパターンをAIで分析する。蓄積・分析・活用のサイクルを3年くらい続け、ラーニングだけでなくいろんな情報をつなぎ合わせて、学習姿勢、態度からコンピテンシーを発見する仕組みにしていきたい。人事は人を助けるのが仕事。エクスペリエンスやスキルギャップをどう見るかが大事。個々の『エンプロイ―ジャーニー』をWorkday、グロービスとともに作っていきたい」と抱負と期待を語った。

人財のデジタルトランスフォーメーションにはピープルイネーブルメントが重要――ワークデイ

 ニトリの事例説明に先立ち、Workdayの日本法人であるワークデイ 社長の鍛冶屋氏は、「デジタルトランスフォーメーションを図る企業には組織の変革に追従するシステムが必要。Workday HCMはグローバルで2700社、3700万人の利用者があり、その運用から得られるビッグデータをベースにした機械学習技術、AI技術により、変革を図る企業に新しいソリューションを届けたい」と語った。

 同社は人財管理プラットフォームにIBM Watsonなどを利用したAI活用を含むビッグデータ利用技術を組み込む。膨大なデータが発生する数万〜10万人超の大企業、グローバル企業のHCMソリューションに強みがある。ニトリがワークデイに注目した理由の1つは、そのビッグデータハンドリング能力だ。

ワークデイ 社長の鍛冶屋清二氏 ワークデイ 社長執行役員 鍛冶屋清二氏

 鍛冶屋氏はまた「日本企業の人財領域へのIT投資は米国の100分の1。2000年以降、米国では確実に人財への投資が活発化しており、イノベーションを起こすには人財が必須という認識になった。日本と北米との(経済成長に)差が広がっている要因にはその認識の違いがある」と述べ、さらに「タレントマネジメントへの投資は盛んだが、トップタレントを選別して育成する従来の方法がデジタルトランスフォーメーションにつながるという考え方は、北米では違うといわれるようになった。

 むしろ、マネージャーと従業員のつながりを確固としたものにして、従業員がどの方向に向かうべきかをはっきり認識できるようにする『ピープルイネーブルメント』が重視されるようになってきた」と語る。

 ピープルイネーブルメントとは、個々の従業員の能力を最大化することを指す。具体的には従業員のキャリアアップへのモチベーションを高め、キャリアパスを自分で作り出すために学び、成長を目指すこと、あるいはそれを側面から支え、助けることを含む。

 トップタレントでなくとも、従業員が望む能力あるいは本人が気付かない潜在的能力を伸ばし、個人を成長させることがイノベーションを生み、会社の成長につながるという考え方といってよいだろう。ニトリが計画するHCMは、まさに学習を通してピープルイネーブルメントを生み出そうという試みであり、鍛冶屋氏のいうトレンドと一致する取り組みのようだ。

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