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壁だらけのロボット展開、RPAに求めるべき品質ってなに? 前編

企業の高品質なRPA運用を支援するコンサルタントが、本当にあったRPAの事故の原因に切り込み、トラブルのない"優等生ロボット”をどのように実現するのかを解説する。

» 2018年11月07日 10時00分 公開
[菅 仁SHIFT]

 経費精算処理にRPAを活用する企業で、月末にRPAロボット(以下、ロボ)が稼働していなかったと発覚した。経費精算書の新フォーマットにロボを対応させていなかったことが原因で、ロボが停止したのだ。未処理を警告するアラート機能を持ち合わせていなかったために発覚も遅れ、結果的に翌月の給料日に支払いが間に合わないというトラブルに発展した。

 現在、2017年ごろから急速に増えてきた国内企業のRPA導入、検証数もピークを越え、一段落したといえる。導入を果たした企業が次のフェーズとして、全社へのRPA展開を進めはじめている。すると同時に、以上で紹介したようなトラブルが浮上し、開発や運営の課題が浮き彫りになってくる。

 SHIFTは、ソフトウェアの品質保証およびテストの専門企業として、金融機関や保険会社、大手流通系企業や自動車メーカーに至るまで、さまざまな領域における企業のITシステムやソフトウェアの品質と向き合ってきた。そのノウハウを基に、2017年ごろからは、RPAロボットの開発や運用に関する多くの相談を受けるようになり、専任部署を立ち上げRPA事業に取り組んでいる。

 本寄稿では、全社規模で展開した際にもトラブルをおこさないRPAを「高品質なRPA」とし、どのように実現できるかを解説する。「高品質なRPA」を実現するためには、RPAプロジェクトを担う現場部門が企画、設計、開発、テスト、運用の各フェーズで留意すべき点がある。要は問題をおこさない優等生のロボットをどう育て、彼らとどう付き合っていけばよいのかという話だとイメージしていただければよい。

 今まさにRPAの全社展開に課題を抱えている企業の方はもちろんのこと、今後RPA導入に着手しようとしている企業の方々にも事前に考慮しておいていただきたい内容だ。

 第1回となる今回は、目指すべき高品質なRPAとは何か、その実現のためにプロジェクトの各フェーズで必要な取り組みは何か、全体像を紹介したい。なお、世の中ではRPAツールで開発されたロボットを、ソフトロボ、bot、Digital Labor、シナリオ、Digital Workforceなどさまざまな呼称で呼ぶが、本寄稿ではRPAロボット(略称、ロボ)と称することにする。

なぜRPAの品質を確保する必要があるのか?

 起こりがちなトラブルの事例をもう少し説明しよう。図1は、ある経費精算処理に関わるロボの作業フローを図にしたものである。このロボの設定ファイルには、ある致命的な間違いが潜んでいる。お分かりだろうか?

図1 ロボの設定ファイルの悪い例 図1 ロボの設定ファイルの悪い例

 間違いは、「人数分繰り返し」の範囲に、作業1と作業5を入れていることだ。つまり、この間違いによって、ロボは社員数百名分の経費精算代行処理のたびに、ログインとログアウトを行うという無駄な動作を繰り返していたのだ。一般的には図2が正しい。

図2 ロボの設定ファイルの良い例 図2 ロボの設定ファイルの良い例

 このような無駄な処理はロボ1体だけが稼働する場合はそこまで大きな問題にはならない。しかし、RPAを全社展開し、複数のロボが同時に稼働するようになると、システムへの負荷が増大してシステムダウンにもつながりかねない。

 トラブルの例は他にもある。従業員数万人規模の大手企業で、期末間近に基幹システムがダウンしかけるという問題が発生した。会計財務や人事評価などさまざまな期末処理が停滞し、事業運営や社外への業績報告にまで影響を及ぼした。この原因は、各部門の業務担当者が、システムのキャパシティーを考慮に入れなかったり他部門と似て非なるロボを開発したりするなど、好き放題に数百体のロボを開発し、おのおの好きなタイミングで稼働させたことだった。

 基本的に、このようなトラブルは、ロボの設定に対する基礎的な知識や、システムへの理解というITリテラシーの不足に起因する場合が多い。こうした事態を防ぐために、企業は現場を厳しく統制しなければならないと考える方もいるだろう。しかし、一概にそうともいえない。RPAは業務部門のユーザーが開発・運用するからこそ、真価を発揮して業務効率化ができる道具である。業務部門の制限を大きくすれば、開発の手軽さや全社展開のさせやすさ、というRPAの良さを損なう事態に陥ってしまうからだ。

 あくまで現場が主体となって、トラブルなくRPAの開発や運用を推進することが求められている。前述したように、現場のユーザーが、品質の高い“優等生ロボット”をつくり、育て、うまく付き合っていくことが重要なのだ。どのような取り組みを行えばよいのか。

目指すべきロボの品質レベル

 まずは目指すべきロボの品質レベルについて説明する。最終的に目指すべきは、「止まらないロボ」「手離れのよいロボ」である。ここで言う「止まらないロボ」とは、設定ミスや外的要因による稼働停止が起こりにくい”適切な設定をなされたロボ“のことを指している。「手離れのよいロボ」とは、ロボが適切に設定をされることも含め、保守や改修のタイミングで第三者にも容易に引き継ぎができ、メンテナンスを行えるロボを指している。しかし、初めから完全を求めるとITシステム開発のようにあらゆる要件整理やエラーハンドリング実装が必要になってしまい、初期投資が高騰する要因になる。そこでまずは、以下の3つの品質レベルを目指したい。

「止まらないロボ」を目指した品質レベル

(1)事故を起こさないこと

 ロボの設定のミスが、個人情報の誤送信や金額情報の誤送信および誤処理など、事業運営にも影響を与え得る致命的な事故につながる場合がある。しかし、ロボの設定だけで、こうしたミスを完全に回避することは難しい。数字の正誤チェックやデータ送信前確認は人の手で行うよう作業フローを組み込み、誤処理の原因となり得る状況に陥った際には、ロボが人にアラートを出す設定があれば良い。

(2)外部環境との連動が図れていること

 ロボは、以下の外部環境との連動を図り、データをやりとりしながら作業を進めることが多い(図3)。この外部環境との連動が考慮しきれないままロボ設定を行うと、連携先の環境が想定外に変化したときなどにロボが停止する場合がある。冒頭の事例しかり、ブラウザのレイアウト変更、Windows/Office/社内外システムやRPAツール自身のバージョンアップなどには注意が必要だ。それと同時に、やむを得ず外部環境が変化した際の対応策やルールも用意しておくべきだ。

図3 外部環境 図3 外部環境

「手離れのよいロボ」を目指した品質レベル

 「手離れのよいロボ」を目指すためには、上述の(1)、(2)に加え(3)の品質レベルも考慮しておきたい。

(3)保守性が高いこと

 保守性が高いとは、修正や機能拡張をする際に、第三者がメンテナンスしやすいということだ。そのためには、ロボを極力シンプルに設定することが必要だ。ロボを人に例えた場合、立ち上げ当初のロボは、まだ仕事に応用がきかない新入社員である。新入社員は、さまざまな経験を積み、時には失敗を重ねながら成長(改修)する。そのため、育成しやすい作り方が重要となる。詳しいノウハウについては、連載の第2回で説明する。

 以上では、RPAを横展開する際に起きがちなトラブルから、品質の高いRPAとは何かをひもといた。第1回の後編では、この「高品質なRPA」を実現するために導入の各フェーズで留意すべき点を紹介する。

著者紹介:菅 仁(すが ただし)

SHIFT ビジネストランスフォーメーション事業本部 技術推進部 RPA推進グループ グループ長

大手電機メーカーで半導体検査装置の開発に従事。エンジニアとして装置の品質向上に取り組むとともに、開発プロセス改善にも尽力。その後、製造業を主要顧客とするコンサルティング会社で、多くの企業の企業価値向上および業務効率化に向けた業務支援に取り組む。SHIFTでは、エンタープライズ領域の大型プロジェクトを中心に、ソフトウェアの品質保証業務に関わるサービス開発を担当。現在は、RPA推進を専門とする部門の責任者としてRPAの導入から運用まで、企業が抱えるさまざまな課題の改善、RPAロボットの品質保証業務に注力している。共著として、「開発力白書 2012(株式会社iTiDコンサルティング)」がある。

企業紹介:SHIFT

ソフトウェアの品質保証・テストの専門企業として、金融機関や保険会社、大手流通系企業や自動車メーカーに至るまで、さまざまな領域における企業のITシステムやソフトウェアの品質向上を手掛ける。製造業の業務プロセスコンサルティングを前身とすることから、プロジェクトおよびプロダクトの品質向上を目指した業務プロセス改善には、独自のノウハウと数多くの実績を持つ。2017年ごろからは、RPAロボットの開発・運用に関するご相談が急激に増え、2018年にはRPA診断改修サービス「ROBOPIT!」の提供を開始。現在は専任部署を立ち上げ、RPA事業に取り組む。

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