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CRMの根底が変わる。AIアシスタント「Salesforce Einstein」で引き起こす生産性の底上げ

» 2018年10月22日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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 「AI(人工知能)を活用できるインフラは整っていても、導入を進める人材がおらず、データも十分に収集・整理されていない」――。総務省がこのほど発表した「平成30年版情報通信白書」に掲載されている日・米・英・独4カ国2000社を対象にしたアンケート調査(2018年2〜3月実施)では、AIの活用にあたり他3国と異なる課題を抱えた日本企業の現状が浮き彫りとなっている。

出典:「平成 30年版情報通信白書」(総務省)

 第3次AIブームに伴い、AIという言葉を見ない日はないというほど多くのメディアでも取り上げられ、企業内でも利用できるのではないかといった期待が膨らんだ。しかし、AIを開発・実装できる人材や、データの中から有用な視点を見いだせる人材は希少で、速成は難しいことも課題として顕在化した経緯がある。

 AIが学習・分析するデータを集めやすいフローに社内業務を見直すにも時間がかかるといった課題もでてきた。やはり第3次AIブームは今回もブームとして過ぎ去るのだろうか。

 CRM(顧客関係管理)ツールを提供するSalesforceは2016年、自社製品Salesforce Platformに新たに組み込んだAIアシスタント「Salesforce Einstein」を発表した。Einsteinが、AI活用の障壁となっていた人材不足やデータの分析・整理の課題を解消し、特別なスキルや知識がなくてもだれでも活用可能な“相棒”として、業務をアシストしてくれるという。

 Einsteinは私たちのビジネスにどのような変化をもたらすのか。Einstein誕生までの開発経緯、ユーザーの活用状況、今後の展開などをセールスフォース・ドットコム(東京都千代田区)の担当者らに聞いた。

全世界で毎日30億件の予測を出すAIアシスタント「Einstein」とは?

――まず、Salesforce Einsteinの概要と現況を聞かせてください。

早川和輝氏(Einstein プロダクトマーケティングマネージャー): Salesforce Einsteinは、顧客情報の活用に特化した「CRMのためのAI」です。営業支援の「Sales Cloud」、カスタマーサポート向けの「Service Cloud」など、あらゆるSalesforce製品のユーザーを対象とし、これらツールのオプション機能として組み込まれています。

 Einsteinを起動させると、ユーザー企業のSalesforce上にあるデータの解析がただちに始まり、ユーザーインタフェース上に「現時点で有望な見込み客」「満足度が高く、追加提案も受け入れそうな既存顧客」「当月の売上予測」などを自動表示します。

 最初の発表から2年がたった現在、およそ30の機能が用意されています。全世界で1日当たり30億件にのぼる予測をEinsteinがしている状況です。

――1日30億件というスケールに驚きます。「AIでCRMの機能を拡張する」コンセプトの製品開発は、いつごろ始まったのですか。

ケン・ワカマツ氏(Salesforce Einstein&MuleSoft Go-to-marketシニアディレクター): 私は2011年から5年間、米国本社でプロダクトマネージャーとして勤務し、現在は日本法人でEinsteinを担当しています。

 Einsteinは2016年のリリースですが、Salesforce でAIの活用を探る動きは私が入社した当時から始まっており、「ユーザーが顧客に関するデータを集める」というSalesforce製品が持つ特性にひも付くプロジェクトとして位置付けられていました。

 もう少し詳しく言うと、Sales Cloud やService Cloudをはじめ、われわれが製品プラットフォーム上で提供するツール群は、最大公約数的な世界共通のビジネスププロセスに沿って設計されています。

 そこにAIを加えておけば、ユーザーは必要な情報を入力するだけで、AIを自前で設計・実装することなく、自社の顧客の行動をより簡単に予測し、これまでは難しかった新たな知見や気づきをオンデマンドで得られるようになります。これが、Einsteinの基本的なコンセプトです。

 Einsteinの開発からリリースまでには、長い時間がかかりました。理由は2つあります。1つ目は「ハード・ソフト両面でAIのテクノロジーが業務に活用可能となる十分な水準に達するのを待っていた」というテクノロジーの問題です。

 2つ目は、「AIの学習に欠かせない、ユーザー自身によるデータ入力を容易にする仕掛けをSalesforceのプラットフォームに増やしていた」というものです。具体的には、より入力しやすいユーザーインタフェースへの改善を繰り返してきたこと、外出先からも簡単に入力できるモバイルアプリの開発、さらにSalesforceとの接触頻度を高め、データ入力を習慣化する社内情報共有SNS「Chatter」のリリースがあります。

人間の意思決定をアシストし、チーム全体の生産性を底上げする「Einstein」

――ユーザー企業が蓄積したデータを基に、さまざまな予測を示すEinsteinですが、そうした予測を踏まえて決断し、行動を起こすのは、やはり人間の役割ということですか。

早川氏: その通りです。Einsteinの別名は「CRMアシスタント」。営業担当者やカスタマーサービス、マーケターといった働く人々の意思決定を、まさにアシストするのがAIの役割で、人間の仕事を奪うものではありません。

 現場レベルの判断にとどまらず、マネジャーや経営層の判断もアシストできるよう、EinsteinをBI(ビジネスインテリジェンス)ツールと統合した「Einstein Discovery」も提供しています。BIは通常、過去の実績データに基づき集計して分析するツールですが、そこから未来を予測する強力なサポートも可能にするのがEinstein Discoveryです。

 経営判断の資料とする目的で、人間が過去の実績に基づく将来予測を行う場合、立てた仮説の検証からレポートの完成までにはおよそ半年かかり、検証できるシナリオは多くて数千通りにとどまります。ここでEinstein Discoveryを用いれば、例えば2時間で100万通りのシナリオを検証できるので、人間がより短時間に、より広い観点から意思決定をすることが可能になります。

――国内におけるテクノロジーの活用は近年、人手不足対策や労働時間の短縮といった「働き方改革」に主眼を置くケースが目立ちます。Einsteinも、そうした目的での活用を意識しているのでしょうか。

大森浩生氏(マーケティング本部 プロダクトマーケティング シニアマネージャー): 働き方改革の取り組みでは、テクノロジーを使って足りていない人員を補う、あるいは残業時間を減らすといった労働資源の不足に伴う課題対策の傾向が強いように思います。

 そうした取り組みが大切なのは言うまでもありませんが、限られた労働資源の中でいかに生産性を底上げするのか、ここに視点を引き上げなくては企業は成長できません。

 Einsteinは、的確な予測で営業やマーケティング、サポートなどの企業活動を支援し、企業の成長につなげる「攻め」のツールです。効果的な活用の結果、労働時間の短縮につながることもありえますが、それが主たるメリットではないというのがわれわれの考えです。

――実際にどのような形で「攻め」に役立つか、事例も含めて教えていただけますか。

早川氏: Sales CloudのユーザーであるUS BankではEinsteinの導入前後で、見込み客の成約率が2.3倍になったというデータがあります。顧客1人ひとりの取引履歴を、AIが自行全体の膨大な取引実績と照らし合わせ、年齢や家族構成などに応じたプランをその場で提案できるようになったのが要因です。

ワカマツ氏: 営業担当者全員の取り組みをデータ化し、AIに学ばせることによって「売れる営業」が特別意識せずにやっていた行動や直感的な判断がつかめるようになり、それを他の営業も採り入れることができるようになります。

 「いま電話をかければ契約に結び付く」と、人間のマネジャーが付きっきりで指示を出すのではなく、Salesforceの中でAIが随時アシストしてくれるイメージですね。Einsteinを用いる最大のメリットは「チーム全体の底上げ」にあると考えています。

大森氏: コールセンター業務へのEinsteinの応用では、顧客からの個別の問い合わせと過去の顧客対応のデータをAIが照らし合わせることで、最適の部署へ短時間で転送できるようになり、顧客満足度を高めることができます。

 顧客にとって役立つ情報をすぐ提供できる仕組みを整えることができていれば、問い合わせ対応を起点にした新たな提案につなげることも可能です。これまでのコールセンターは、コストセンターとしてのイメージが強かったですが、現在は顧客とフロントでコミュニケーションを直接とる収益部門として重要視されてきています。収益部門を広げていくのを支援するという意味でも、Einsteinは企業成長を志向したツールといえるでしょう。

「Einstein Voice」が変えるCRMの未来

――さきほど、Einsteinの利用にはユーザー自身によるデータ入力が欠かせないというお話がありましたが、例えば匿名化した他社のデータで学習済みのAIをすぐ使い始めることはできないのですか。

早川氏: とても多くいただく質問ですが、われわれは「信頼」を最優先しています。データの内容が特定可能かどうかを問わず、ユーザー企業がEinstein上でのモデル作成に用いたデータを、別のユーザーのモデル作成に用いることは一切ありません。別の言い方をすると、Einsteinではユーザーごとに異なる自社のデータをもとに、それぞれ独自のAIをつくることになります。

――自社でデータを集めることが大前提ということですね。どのくらいのデータがあればEinsteinを使い始めることができますか。

早川氏: 最も利用が多い「Sales Cloud Einstein」のリードスコアリング、つまり見込み客との商談に至る可能性を示す機能は「過去6カ月以内に登録された見込み客1000件以上のデータ」と「過去6カ月以内に登録した見込み客のうち、最低120件が商談設定に至っているデータ」が必要となります。

 商談の成約可能性を示す「商談スコアリング」の機能については、「過去2年以内に完了した商談の、成約と失注双方を含む1000件以上のデータ」「完了済みの商談の平均期間が7日以上のデータ」があればAIによる解析が可能となります。

大森氏: コ−ルセンターへの問い合わせ内容を予測する機能でも、「半年間に対応を完了したケースが1000件以上」のデータがあればAIによる解析ができるようになります。もちろん件数が多いほど精度は高まりますが、問い合わせや取引の頻度が高い業態であれば企業規模にかかわらず、かなり多くの企業がEinsteinの導入を検討できると思います。

 Einsteinの多くの機能はSalesforce上に登録されたデータを利用する設計となっていますが、それ以外の形式で蓄積されたデータをインポートして分析できる機能も用意されています。

――Einsteinを使えば、AIの力を容易にビジネスに生かせることがよく分かりました。最後に、追加予定の機能など今後の展望についても聞かせてください。

ワカマツ氏: Einsteinによる予測の精度を高めるには、少しでも多くのデータを集めることが必要です。ただ、アプリケーションを開いて登録する作業は、正直に言うと「めんどくさい」。この入力するという手間がデータ収集の最大のボトルネックです。

 この課題に対する打ち手として、入力の手間を省きながらデータを増やせるよう、これまでカレンダーやメールのアプリとSalesforceを同期するツールなどを提供してきましたが、近いうちに日本語音声入力のインタフェースをツールに組み込めるよう、重点的に開発を進めているところです。

早川氏: 2018年9月に米国で開発が発表された「Einstein Voice」は、例えば「来週金曜日にA社と商談」と話しかけると、取引先であるA社と進行中の案件一覧が表示され、該当するものを選ぶと「商談」という新しいタスクが自動設定されるといった機能を予定しています。ユーザーの選択や利用状況からもAIが学習して精度を高めていく設計で、社内向けの利用だけでなく、顧客窓口への導入にも対応する計画です。

大森氏: Einsteinの普及が、これから国内ユーザーの皆さまにも与える影響も大きいと考えています。

 日本企業は良くも悪くも現場の力が強く、独自に築いてきた業務プロセスや慣習があり、「自社の業務に合わせたシステムのカスタマイズ」や「データ活用が困難な営業日報上での顧客情報管理」が珍しくなく、こうしたビジネス慣習を変えるのは容易ではありません。

 しかし、Einsteinのコンセプトを地道に伝えてきた結果、「標準のプロセスに合わせればAIが使える」「Einsteinを使うために業務を標準化したほうが中長期的には効率性がある」というご理解をいただけるユーザーが増えてきました。

 今後Einsteinの機能を実感いただく中で、デジタライゼーションのカギを握る「構造化」への理解も深まっていくことを期待し、また継続的に理解を深めていただけるよう努力をしていきます。

――AIと連携して働いていく具体的なイメージを持つことができました。これまでのビジネスプロセスの慣習を見直し、どこで人間にしかだせない付加価値を生み出していくのか、マインドセットを変えていくことが大切ですね。本日はどうもありがとうございました。

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