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光で組み合わせ最適化問題を解く「量子ニューラルネットワーク」とは?5分で分かる最新キーワード解説(1/4 ページ)

常温処理ながら従来型コンピュータの約50倍ものスピードで問題解く「量子ニューラルネットワーク」の実力を探る。

» 2017年02月22日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 今回は光を用いて組み合わせ最適化問題を解決する「量子ニューラルネットワーク」だ。世界初の実用量子コンピュータといわれた「D-Wave」などと同様に最適解を短時間で導くが、常温処理が可能で、高真空環境も不要なことがポイントだ。しかも従来型コンピュータの約50倍ものスピードで、D-Waveよりもはるかに大規模な組み合わせ問題を解ける。約1キロの光ファイバーの中で処理が進行するというこの技術は一体どんなものなのか。

「量子ニューラルネットワーク」って何?

 人間の脳の神経細胞(ニューロン)が作る回路の仕組みをコンピュータで模倣するのが「ニューラルネットワーク」。その技術を応用して、ニューロンを光のパルスに置き換えたのが「量子ニューラルネットワーク」だ。この研究は、内閣府の革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」の一環として、NTT物性科学基礎研究所の武居弘樹氏らのグループ、国立情報学研究所(NII)の宇都宮聖子氏らのグループなどが共同で行っている。

 その目的は「組み合わせ最適化問題」を短時間で解くことにある。従来は数学的なさまざまな工夫を凝らしたアルゴリズムで最適解を見つけてきたが、量子ニューラルネットワークではその約50倍のスピードで計算できるという。驚くのはその処理速度ばかりではなく、機器構成が従来のコンピュータとはまるで違うことだ。

 図1に示すのがこの技術の実験系だ。そこはクリーンルームでもないし、超低温の冷却環境でもない。ごく普通の部屋の一角である。机の中央部にあるボビンに巻かれた1キロの光ファイバーの中に特殊な光を通し、その状態を測定することで解を求める仕組みだという。実験系こそ数メートル幅のサイズだが、近々、機器一式を19インチラックマウント可能なサイズにできるそうだ。

量子ニューラルネットワークの実験系 図1 量子ニューラルネットワークの実験系(出典:NTT)

組み合わせ最適化問題とは

 仕組みの話の前に予備知識として、目的である組み合せ最適化問題について説明しよう。これは、膨大な数の選択肢がある中で最適なものを選び出すような問題のことをいう。「巡回セールスマン問題」という言葉を聞いたことがおありと思うが、それは組み合わせ最適化問題の典型例だ。

 セールスマンが複数の都市を巡回して営業するとき、どんな経路で回って出発地に帰るのが最短かという問題だ。同じ都市を2回以上通ってはいけない。n個の都市を回るときは(n-1)!/2通り(2で割るのは同じルートの逆回りを除くため)のルートを調べなければいけない。

 1組の都市間の距離を求めるのは何でもないが、例えば日本の県庁所在地47都市を回るルートは2.75131108×10の57乗通りになるので、全部まともに計算すると、ナノ秒に1通り計算できても結果が出る前に地球の寿命が尽きそうだ。これを組み合わせ爆発という。

 組み合わせ爆発は、例えば通信ネットワークの最適経路決定や交通管制、送電網の最適化などさまざまなところで問題になる。現在のコンピュータでは実用的な時間で正解が求められないので、必ずしもズバリ正解でなくてもいいからより確からしい答えが短時間で出るように、さまざまなアルゴリズムを工夫して計算している。

 しかしそれでも時間がかかるので、より精密に短時間で結果が出せる物理システムを作り、いわば「勝手に」問題を解かせようというのが、組合せ最適化問題の解決に特化したコンピュータ(D-Waveや日立のCMOSアニーリング)技術、そして量子ニューラルネットワークの基本的な考え方だ。

物理システムに置き換えて、自律的に解を発見するイジングモデル

 そんな物理システムとはどんなものだろう。正確ではないが、たとえ話で主要部分だけ説明してみる。

 例えば、微小な棒磁石が空間に散らばっている状態をイメージしてみよう。磁石にはS極とN極の2つがある。これに情報をマッピングする。巡回セールスマン問題なら、ある都市に行ったなら磁石はNを向き、行かなかったらSを向くようにする。都市間の距離は、磁力の強さで表現する。強かったら近く、弱ければ遠くという具合だ。

 すると、それぞれの磁石は条件に応じて引きあったり反発したりしながら、やがて一番安定する状態(全体として最もエネルギーの低い状態)に落ち着く。その状態が、セールスマンが最もラクができる状態ということだ(図2)。

 非常に大ざっぱな説明で申し訳ないが、そこから都市を回る順番を割り出していくところは省略する。肝心なのは、このように相互作用を持つ2つの状態を持つたくさんのモノが、必要な条件さえ与えれば自然に求める状態(解)に系全体として変化していくということだ。このような仕組みが「イジングモデル」と呼ばれ、組合せ最適化の解き方として最も有力になっている。

巡回セールスマン問題の物理システム 図2 巡回セールスマン問題の物理システム(磁石のたとえ)への置き換え

 D-Waveの場合は、超電導デバイスがこの磁石に相当する働きをする。日立のCMOSアニーリングではメモリの値(0、1)が磁石のスピンに相当する。

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