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スマホ画面にもクリック感をもたらすバーチャル触覚技術「パプティクス」とは5分で分かる最新キーワード解説(1/3 ページ)

つるつるのディスプレイにボタンの存在を感じさせる。触覚フィードバックの技術「ハプティクス」がVRやARの世界を広げる。

» 2016年07月27日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 今回のテーマは「ハプティクス(haptics)」だ。そこにはない何かに触れたり、本当はツルツルのディスプレイ上にザラザラのテクスチャーやボタンの存在を感じたり、操作に「クリック感」をもたらしたりと、これまで視覚や聴覚に頼ってきたバーチャルリアリティ(VR)やオーグメンテッドリアリティ(AR)の世界を触覚にも広げる「触覚フィードバック」を実現する。その研究の世界はアイデアあふれる楽しい実験システムや応用研究がめじろ押しだ。一体どんな研究が行われているのだろうか。

「ハプティクス」とは

 ハプティクスとは、力学的な刺激や電気的な刺激などを用いて、皮膚や指先など身体の各部に、そこにはないモノの感触を生み出す技術だ。「触覚フィードバック」ともいわれる。触覚という言葉は一般に皮膚感覚を指すことが多いが、ハプティクスはそれに加え、筋肉などが感知する「力覚」や、時には視覚や聴覚への刺激も加味した「錯覚」も含めて、触っている感覚を生み出す技術だ。

 ハプティクス技術は世界中で研究が盛んで、応用例もロボット手術支援や航空機シミュレータなど専門性の高い領域で多数ある。2015年はアップルがモーターによる振動で多彩な触覚を生み出せるユーザーインタフェースを製品に組み込み「Taptic Engine」と呼んでピーアールしたことで、スマートフォンやタブレットの操作に関する技術としての認知も進んだ。

 基礎的な研究も多数あり、本コーナーでも「空中超音波触覚インタフェース」や「温熱感覚通信」などのハプティクス関連技術を紹介した。前者は超音波を指先に集中させることでボタンを押すような感覚を生じさせる技術、後者は離れたところのペルチェ素子を利用したデバイス間で、温感を相互に伝え合う技術だった。

 ハプティクス研究は応用研究の中から基礎研究テーマが生まれることも多いようだ。さまざまな研究機関で若い研究者の柔軟な発想を取り込んだ、専門外の人にも少なくとも応用面では分かりやすく楽しい技術が続々と生まれている。今回は電気通信大学の2つの研究室を訪れ、ハプティクスの多様な研究の一端を紹介してもらった。

触力覚を力学的な仕組みで刺激するハプティクス研究

 まずは、見れば仕組みが大体分かる研究事例から見てみよう。電気通信大学 広田光一教授の研究室の実験システムは、足の動きに合わせて空気圧でたくさんのピンを押し出し、動きに応じて何かに触れたゴリゴリした感覚を足裏で味わえる実験システム(図1)だ。

足裏に触覚を生む実験装置 図1 足裏に触覚を生む実験装置(出典:電気通信大学 広田光一研究室)

 図1左の板に並ぶのがピン列で、白いチューブで空気を送る。図1右のチューブの下のボックスがコンプレッサーだ。これがPCにつながり、足の甲に貼ったセンサーの動きに応じて空気圧を調整し、仮想物体の形状に合わせてピンを適切な強さで押し出して足裏を刺激する。

 青竹踏みに似た感覚だが、ずっと柔らかくて心地よい。しかし、リラクゼーションのための道具ではなく、もともと手への応用が研究された「圧覚デバイス」を他の身体部位にも応用するための研究だ。

 図2は、ディスプレイ上の仮想物体(円筒形を想定)を手でつかむ操作をすると、つまんだ感覚が指に伝わる実験システムだ。四角い木枠に糸でつるされた磁気センサー付きの指サックに5本の指を差し込むと、ディスプレイに手の形が表示される。

仮想物体をつまんだ感触を生む実験装置 図2 仮想物体をつまんだ感触を生む実験装置(出典:電気通信大学 広田光一研究室)

 糸を使って力を提示する装置は、東京工業大学の佐藤誠教授が開発したSPIDARと呼ばれるデバイスだ。それを見ながら手と指を動かすと、磁気センサーが指の動きを検知してディスプレイ上の手と指が動き、仮想物体をつまむと糸の先のモーターが働いて指を微妙に引っ張って感触を伝える。

 デバイスとともに重要なのが、ユーザーの手の動きをバーチャルな手に反映させて、物体との接触をシミュレーションする技術だ。このシステムでは、磁気センサーを使うことで関節角をグローブ型のセンサーより精度よく推定したり、物をつまんだ際の指の変形をリアルに再現したりすることで、現実感を高めることを試みた。

 足裏はもちろん、手指よりも敏感(=空間分解能が高い)な唇に触感を生む研究もされる。ピエゾ振動子を利用して、高密度に振動刺激を唇に提示するデバイスだ。キスのシミュレータになるのかと思いきや、実は高解像度の触覚ディスプレイを作るための基礎研究である。

唇触覚デバイス 図3 唇触覚デバイス(出典:電気通信大学 広田光一研究室)

 広田氏は他にも、箱を振ると中にあたかも物体が入っているかのような感触を生み、中身の量や性質まで表現できるようにする研究、歩行の動作とその際の生じる感覚情報を計測、伝送し別の人に提示する歩行追体験など、さまざまな研究を行っている。

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