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強電気魚の電気器官をデバイス化した「シビレエイ発電」とは5分で分かる最新キーワード解説(4/4 ページ)

» 2016年06月22日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
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発電デバイスの作成

 安定した発電のためには一定サイズで堅牢なデバイス化が必要だ。そこで電気器官を3センチ角にカットし、容器にセットした。これを多数用意し、直列または並列につないで電池のように利用できるかを検証した(図6)。

電気器官のデバイス化 図6 電気器官のデバイス化(出典:理化学研究所)

 その結果、図7上に見るように16個のデバイスを直列につなぐとピーク電圧1.5ボルト、ピーク電流0.25ミリアンペアを記録した。しかし、発電はあまり長時間続かない(図7右下グラフの青い線)。そこでコンデンサで蓄電する回路を作成したところ、比較的長時間安定した給電が可能なことが分かった(図7右下グラフの赤い線)。

シビレエイ発電機(プロトタイプ)の16個直列接続による発電測定 図7 シビレエイ発電機(プロトタイプ)の16個直列接続による発電測定(出典:理化学研究所)

「シビレエイ発電機」の課題と今後

 シビレエイ発電機の原理は分かり、発電器として機能する実証もできた。残るは実用に耐える技術になるかどうかだ。シビレエイ発電機の実用化までには2つの大きな課題がある。

 1つはシビレエイの電気器官に相当する人工器官が工業的に作れるかどうかだ。これが田中氏の専門であるマイクロ流体デバイス研究が生きるところだ。田中氏によると、細胞膜やタンパク質の再構成手法とマイクロ・ナノ流体技術を融合し、分子からボトムアップで細胞機構を開発し、発電細胞と同様の材料を創出することが考えられるという。

 また、生体に近い機構ができたら、細胞自体の機能としての自己複製機能が使えるようになるかもしれない。つまり、一般的な新陳代謝の機能で劣化した電気器官を絶えず入れ替えていく仕組みだ。人工的に電気器官が作れ、その寿命も延びるということになれば、安定した生産、利用につながるだろう。ただし電気器官と同等以上に高度な集積が求められるので、実現までには相当時間がかかりそうだ。

 もう1つは燃料となるATPの調達だ。ブドウ糖1分子から30個以上のATPが作れるが、ATP1個で移動できる電子は1個だけなので大量のATPが必要だ。もっともATPは動物や植物が大量に備える物質だ。例えば、穀物収穫後のガラや用途のない木材残材などから得られるセルロースをバクテリアに分解させれば工業的に産出することも難しくない。生ゴミなどからだってATPは合成できる。シビレエイ発電機で廃棄物のリサイクルができるというわけだ。

 なお、よく似た発電技術には、先年ソニーが発表した「ブドウ糖を酸素で分解するバイオ電池」がある。これはグルコース発電とも呼ばれており、発表当時で50ミリワットの発電が可能だった。ただし、この方式では出力密度が1立方メートル当たり1〜100ワット、エネルギー変換効率は5%以下だ。

 また、微生物燃料電池という廃水などの有機物を微生物が分解するエネルギーを電力に変える技術もある。こちらは出力密度が1立方メートル当たり0.1〜1ワットで、エネルギー変換効率は10%以下だ。上述のシビレエイの電気器官を利用した場合とでは、特に変換効率の面で大きな違いがある。

 発電所や家庭用発電機のレベルで発電できるのは遠い先のことになりそうだ。田中氏らは、例えば振動発電や電磁波発電のようなエネルギーハーベスティング技術と同様に、微小エネルギー駆動型の環境発電機としての応用が考えられるという。自然エネルギーの不安定要素をなくしたクリーンなリサイクル型の発電技術として発展を期待したい。

関連するキーワード

ATP

 アデノシン三リン酸のことで、生物のエネルギー源として使われる物質。食べ物などからのブドウ糖が細胞に取り込まれると「解糖」が行われてピルビン酸に変わる。それをミトコンドリアがさらに分解して水と二酸化炭素、ATPを作る。

 

ATPは3つのリン酸基を持つが、そこからリン酸基が外れるときにエネルギーを生む。つまりATPはエネルギーを必要な時に生み出せるように生体が備蓄している燃料のようなものだ。

「シビレエイ発電機」との関連は?

 シビレエイの電気器官では、ATPが分解するときのエネルギーを細胞膜のイオンポンプを働かせることに利用する。イオンポンプの働きで細胞内外に電位差が生まれると電気が流れる。ATPを1個消費すると電子が1個できる。

マイクロ流体デバイス

 ミクロン単位の微細な流路により、液体や気体を流して化学的な反応などを実現するデバイス。MEMS(Microelectromechanical Systems)と呼ばれる半導体微細加工技術を応用して作成され、化学分析の効率化、微細な細胞の分離や選別、精製など、さまざまな用途に利用される。

「シビレエイ発電機」との関連は?

 研究チームのリーダーの田中 陽氏は、心筋細胞ポンプや血管デバイスなどの細胞と、サイズが適合するマイクロ流体デバイスを融合した細胞、組織機能のマイクロ流体デバイスへの実装技術の開発などに実績を積むマイクロ流体デバイスの研究者。シビレエイ発電機の開発にその知見と技術が生かされている。

環境発電

 環境の中にある光、熱、振動、電磁波などの微弱なエネルギーをうまく回収して電気に変換する発電技術のこと。エネルギーハーベスティングともいう。常時センサーを駆動する目的などに利用される。

「シビレエイ発電機」との関連は?

 シビレエイの生体機構を模倣する人工器官が実現し、自己複製による新陳代謝も可能になると、環境中のATPをエネルギー源にした発電が可能になる。これまでの環境発電技術にもう1つの可能性を付け加えることになる。

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