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通信網はグローバルからスペースへ、「宇宙光通信」とは?5分で分かる最新キーワード解説(3/3 ページ)

» 2014年10月01日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
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最新超小型通信装置SOTAのミッションは?

 こうした課題や解決策が研究されている中で、SOTAでは次のような個別実験が行われる予定だ。

  1. 1.5ナノメートル光源、通信機、捕捉追尾システムの要素技術に関する軌道上実証
  2. 1.5ナノメートル光についての伝搬、大気揺らぎデータの収集
  3. 衛星ー地上間レーザー通信に適した誤り訂正方式の研究と軌道上実証
  4. 衛星量子暗号鍵配信の基本実験(伝送路の特性の評価)

 (1)は1.5ナノメートル光を利用するための基本技術を確立する目的を持ち、(2)は1.5ナノメートル光による宇宙ー地上間の伝搬モデルの構築と国際標準化を目指す意図がある。実は宇宙光通信に採用する波長帯として、欧州で進行中のプロジェクトは1ナノメートルを、NICTや米国は1.5ナノメートルを考えており、議論が続いているさなかだ。

 研究の経緯が波長帯の違いにつながっているのだが、NICTでは光源や受光装置だけでなく、分光や集光、フィルタなどの関連技術に既存技術が応用できてシステム構築がしやすいこと、さらにレーザー光を目にしても害を与えにくい波長であることから、1.5ナノメートルを世界標準とすべく研究を深めていこうとする。1.5ナノメートルの光技術を組み合わせた地上と宇宙のネットワークのイメージを図5に示す。

NICTが構想している地上と宇宙の通信ネットワーク 図5 NICTが構想している地上と宇宙の通信ネットワーク(出典:情報通信研究機構)

 ミッションの(3)は上述の課題を解決し、効率的な誤り訂正を実現しようというものだ。(4)は、現在光ファイバー回線で100〜200キロの距離しか伝送できず中継も不可能な「量子鍵配信」を、空間光通信を用いて空間伝送で1000〜2000キロに延ばそうという研究の一環として行うものだ。

 低軌道衛星との伝送距離は数百キロ程度なので、地球を周回する衛星を用いれば全世界的にグローバルな量子鍵配信を実現できるというのが衛星量子鍵配信の将来像だ。SOTAから射出される光パルスにより、量子鍵配信で行われる偏光が大気を通したときにどのような影響があるかを検証する。

 なお、2015年にはSOTAよりもさらに小型のモジュールを搭載する超小型衛星の打ち上げが予定される。

各国の協力で実現する「サイトダイバーシティ」

 各国の研究機関や宇宙産業が、ある時は共同し、ある時は独自に研究開発を進める宇宙光通信だが、ゆくゆくは各国が協調して実用化を図る必要がある。大きな理由は、ある地上局で雲による光の遮蔽が起きても、衛星が飛行する過程で別の地上局が通信を行い、データを地上ネットワークで必要なところに送信する仕組みが必要だからだ。

 この仕組みを「サイトダイバーシティ」という。全地球をカバーするサイトダイバーシティ実現のために必要な地上局の数は意外なほど少なく、4〜7基だということだ。NICTでは日本国内10カ所にセンサー局を設置し、サイトダイバーシティ実現のためのアルゴリズムを研究している。

サイトダイバーシティのイメージ 図6 サイトダイバーシティのイメージ(出典:情報通信研究機構)

宇宙光通信技術の応用領域は?

 高速大容量の宇宙光通信の実現は、直接的には大容量の観測データの短時間での伝送に役立ち、高精細な地球映像を利用する領域(地図作成、災害状況調査など)ではすぐに成果が利用できるようになりそうだ。

 また、地上ネットワークから遮断された災害被災地などのネットワークを、衛星を介して他の正常なネットワークにつなぎ、しかも通信量をあまり制限せずに高速な通信を復活させる役割も担えよう。高速化の進歩によれば、遠隔地間の高速インターネット接続を衛星経由で行える時代が来るかもしれない。

 宇宙光通信技術を応用した地上近くでの通信でも、新しい仕組みができそうだ。例えば、無人航空機による各種の通信サービス、高層ビル間の空間光通信なども高速大容量化が期待できる。

関連するキーワード

量子鍵配信

 共通鍵暗号は通信元と通信先の間で暗号を解く秘密鍵を共有することで成り立つが、秘密鍵が第三者に窃取されると不正解読が防げない。そこで秘密鍵を量子力学を用いた方法で相手先に配信し、通信路で鍵情報を窃取(観測)されたら、それが分かるようにするのが量子鍵配信技術だ。

 これには、量子は観測されると状態が変化するという性質が利用される。盗聴が分かったらその鍵は捨て、新しい鍵を再送する。暗号化通信は別途行われるが、秘密鍵を持つのは送信者と相手先だけなので安全性が高い。

「宇宙光通信」との関連は?

 量子鍵配信の弱点は、光ファイバーでは100〜200キロまでしか伝送できないことだ。しかも量子の観測も中継もできないので利用が限られてしまう。

 一方、空間光通信の場合は光ファイバー通信に比べてより遠くまで伝送が可能だ。光ファイバーでは信号損失が距離に対して対数的に大きくなるが、空間中では回折により距離の2乗に反比例して信号が減衰するだけだからだ。衛星を利用した空間光通信で量子鍵配信を行えば、通信距離は10倍程度に延び、地球の裏側の相手先にも安全に秘密鍵を届けることができる。

光衛星間通信実験衛星きらり(OICETS)

 2005年にJAXAがドニエプルロケットによりカザフスタンから打ち上げた光衛星間通信技術試験衛星。欧州宇宙機関が運用する「ARTEMIS」(アルテミス)との間で世界で初めて双方向での衛星間光通信を成功させた。

 きらりは低軌道衛星であり、ARTEMISは静止衛星なので、両者の距離は最大4万5000キロに及ぶ。きらりには高出力レーザー素子や高利得光アンテナ、高感度信号検出器などが搭載され、衛星全体で570キロ、通信装置だけで約140キロになった。

「宇宙光通信」との関連は?

 入力レーザー光のビームを捕捉し、その角度を検出して送受信の方向を決める追尾制御、相手衛星を見込む角度誤差を計算して正確にレーザー光を送出する指向性の制御、衛星の姿勢制御などの実験がきらりで行われた。その結果が現在の宇宙光通信に生かされている。

地球観測衛星

 電波や赤外線、可視光によるリモートセンシングを行い、気象予測のデータ収集、水循環や気候変動データによる温暖化影響把握、地図作成、地域観測、災害状況把握、資源調査など多様な地球観測を行う衛星のこと。同機能を持ちながら軍事用途に使われるものは偵察衛星と呼ばれる。

「宇宙光通信」との関連は?

 高精細映像などのデータ量を送信するには高速大容量の通信回線が必要だ。衛星で撮影された映像を伝送するには宇宙光通信がいずれ不可欠となるだろう。

 ちなみにSOCRATESには1280×1024ピクセル、画角約80度の撮像機能を持つ超小型地球カメラ(CAM/JAXAのソーラーセイル実証機「IKAROS」に搭載されたカメラと同型。東京理科大学木村研究室が開発)も搭載され、地上に高解像度大容量の映像データを届ける実験も行われる予定だ。

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