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ISDN移行から考えるネットワーク最適化のススメすご腕アナリスト市場予測

2020年後半に終了となるISDNの「ディジタル通信モード」。いまだ300万回線超が契約中のISDN、その移行に向けた最適解とは?

» 2017年02月15日 10時00分 公開
[草野賢一IDC Japan]

アナリストプロフィール

草野賢一(Kenichi Kusano):IDC Japan コミュニケーションズ グループマネージャー

国内ルーター、イーサネットスイッチ、無線LAN機器、ADC(アプリケーションデリバリーコントローラー)、SDN、NFVなど国内ネットワーク機器市場の調査を担当。ベンダー調査に加え、ユーザー調査やチャネル調査にも携わり、それらの調査結果をベースに、国内ネットワーク機器市場の動向を検証、市場動向の分析および予測を提供する他、さまざまなカスタム調査を実施している。IDC Japan入社前は、エンジニアとしてユーザー企業のネットワークの設計、構築を担当。商品企画にも携わる。


 1988年に始まったデジタルネットワーク網サービス「INSネット64」を皮切りに、多くの企業に導入が進んだISDN(Integrated Services Digital Network)サービス。総合デジタル通信網と呼ばれるこのISDNだが、INSネットを利用してデータ通信を行う「ディジタル通信モード」が2020年後半をめどに終わりを迎えることが発表されている。

 実際にISDNは現在でも多くの企業で利用されており、利用企業は時期を見て移行について検討する必要に迫られるはずだ。そこで今回は、日本のデータ通信を支えてきたISDNにまつわる動向について振り返りながら、ISDN移行に向けた最適解についてあらためて考えてみたい。

2010年に行われたISDN終了のアナウンス

 1988年に当時の日本電信電話がサービスをスタートさせた総合デジタル通信網サービス「INSネット64」。ISDNサービスとして日本で初めて登場したこのサービスは、企業のデジタル化を大きく後押しするサービスの1つとして多くの企業で導入されてきた。

 このINSネットは1本のメタル回線で音声やデータがやりとりできるサービスであり、デジタル通信、通話、パケット通信の各モードが利用可能な64kbpsの速度を実現する「Bチャネル」と、パケット通信のみを可能とする16kbpsの「Dチャネル」が用意されている(INSネット64の場合)。このISDNのコアネットワークには、固定電話の交換網である加入電話回線ネットワーク、いわゆるPSTN(Public Switched Telephone Networks)が利用されている。

 このISDNサービスとして提供されてきたINSネットだが、2010年10月に東日本電信電話および西日本電信電話が発表した概括的展望の中で、2020年にはデジタル通信、通話、パケット通信のうちディジタル通信モードのサービスを終了する考えであることが示された。これは、コアネットワークとして利用しているPSTNをIP網にマイグレーションするためで、IP網では帯域保証をはじめとしたISDNが誇る高い品質基準を満たすことができないことがその理由だ。

 そもそもPSTNからIP網への移行をNTTが決断したのは幾つかの理由がある。その大きなものが、スマートフォンを含めた携帯端末の普及、そして固定電話の契約数減少だ。

 総務省が公表している平成28年度版情報通信白書によると、携帯電話の世帯普及率は2015年度末で95.8%に達しており、多くの世帯で携帯電話やスマートフォンが普及している状況となっており、もはや1人1台所有する時代といっても過言ではない。

 対して、固定電話の世帯普及率は2006年の90.1%から2015年には75.6%にまで落ち込んでおり、2013年には固定電話の契約数がIP電話の契約数に抜かれるなど、固定電話を通話手段として利用しない家庭が増えている。つまり、固定電話の交換網であるPSTN自体の需要が落ち込んでいるわけだ。

 これは日本国内に限った話ではない。グローバルでみても固定電話の需要は減少傾向にあり、広帯域なブロードバンド化を進める過程で、各国ともPSTNからIP網への移行を加速させている状況にある。日本において通信事業者が経営リソースをIP網へ注力させるのは当然の流れだろう。

 また、PSTNで利用されている電話交換機の保守部品などの調達が難しくなっていることも、IP網への移行を加速させている大きな要因の1つだ。現在の交換機が寿命を迎えるのが2025年ごろになるといわれており、その時点では既存の電話網で行われているサービスを全て廃止するという見通しが示されている。そこで、段階的に2020年ごろからPSTNを順次IP網に切り替えていく計画が立てられ、その移行に合わせてISDNのディジタル通信モードのサービスが終了することになるわけだ。

 INSネットに接続するための回線終端装置(DSU)やルーターなどを提供する機器メーカー側からすれば、ISDNにおける国際的なインタフェース規格であるBRI(Basic Rate Interface)ポートをいつまでサポートするのかが話題の中心になる。

 既にBRIポートを標準でサポートしていない機器も多く、USBポートと接続する変換アダプターなどサードパーティー製品でBRIインタフェースを補完するメーカーもある。ただし、本来品質の高さがメリットの1つであるISDNだけに、信頼性の観点からも変換アダプターなど品質に影響を及ぼしかねない余計なものを間に入れたくないとい考える利用者も少なくない。結果として、標準ではないものの、別売りのオプションでBRIポートをサポートしているケースもみられる。

 実際の機器メーカーからすると、自らサポートを打ち切るのではなく、通信事業者側が完全にISDNサービスの終了を明言してくれることを待っているフシもある。いずれは終了することは避けられないISDNだが、サービスが維持されている限りは何らかの形でサポートは継続せざるを得ない状況にあるようだ。現時点では、メーカー側から積極的にBRIポートをサポートしないという声は聞こえてこない。

300万件を超えるISDN契約数の今

 ISDNの契約数については、総務省が公表しているデータによると、全体契約数は2016年9月末で323.6万が加入しており、NTT東西のINSネット契約数でも245.5万件が加入している状況にある。対前年同月比でみると、全体契約数では毎年7〜8%の契約数が減少している状況にあるが、それでも現時点で320万件を超えるISDNの加入数があるわけだ。

 ただし、2020年にサービス終了を計画しているのはディジタル通信モードについてだけであり、現状の加入者全てが対象になるわけではない。実際には、NTT東西でいうと2015年の256.2万件の加入数に対して、INSディジタル通信モードの請求ユーザーは約15万回線とされている。

 単に音声通話だけで利用している加入者もおり、300万件を超える全ての加入者に影響があるわけではない。ただし、2025年にはPSTNからIP網への移行を行うことになり、音声通話だけで使っていても、IP電話などへの切り替えが必要になってくることは忘れてはならない。

 既に2010年ごろからISDNにおけるディジタル通信モードの終了についてのアナウンスが継続的に行われてきたが、実際にどの程度ユーザーがサービス終了を認識しているのだろうか。

 2016年8月に行った「2016年 企業のネットワーク機器利用動向調査」では、全体ではおよそ38.3%の人がサービス終了を認識しているという結果だった。1000人以上の企業規模では48.7%とおよそ半数近くの方が認知しているのに対し、10〜99人の企業規模では26.6%と認知している割合が少ない結果となっている。

 既にサービス終了まで5年を切っている割には、まだまだ周知徹底されていない印象だ。ネットワーク機器の更改は少なくとも5年程度のスパンで行われることになるため、既にポストISDNのネットワークを検討しておくべき時期にあるといえるだろう。通信事業者だけでなく、ルーターベンダーや周辺機器ベンダーの周知努力は一層求められるところだ。

 なお、NTTなどの通信事業者側としては、2017年夏に出る総務省からの最終答申を待って周知徹底をあらためて行っていくことになっている。方針が決まる前に周知することによって特定事業者に問い合わせが殺到するといった混乱を避けたい意図があり、便乗商法などの混乱も避けたいという思惑もあるようだ。

図1 「INSネット ディジタル通信モード」終了の認知度(出典:IDC Japan)

ISDNの利用目的

 同アンケート内では、利用しているISDNの目的についても聞いている。実際の結果を見ると、全体の半数以上の方が拠点のWAN(VPNなど)のバックアップ回線として利用していると回答しており、主な回線が万一不通になった場合の予備回線としていまだに重宝されていることがアンケート結果から明らかになった。中にはメインフレームとのやりとりを最低限維持させるための予備回線としても利用するなど、かつて構築したネットワーク構成を維持したまま今日まで使い続けているケースもあるようだ。

 なお、バックアップ用途としての利用は、実はISDNサービス開始時の状況が大きく影響している部分もある。当時は高品質な画像を送ることが可能な回線として期待されたものの、鮮明な画像を送るためのG4対応FAXなどの値段が高く、TAも手ごろな価格帯のものがなかなか登場しなかった。しかも、INSネット提供エリアの遅れからISDNが普及するまでに時間がかかってしまったという事情がある。そのため、結果として画像伝送のような当初想定した用途ではなく、バックアップ回線として採用する企業が相次いだという事情も影響していると考えられる。

 また、特に影響が大きいと考えられるのが、INSネットの利用を想定されて導入されいてるPOSシステムだろう。POSで集計された売り上げを送信するための回線として小売業の現場で主に用いられており、アンケートでは29.5%とバックアップ回線に次いで回答数が多いところを見ると、現在でも多くの店舗で利用されていると想定される。他にも、クレジットカードの有効性を確認するための信用照会用の機器であるCAT端末や警備会社との通信で利用される警備端末、G4FAXやATMで利用している企業もある。

ISDNの利用目的 図2 ISDNの利用目的(出典:IDC Japan)

 なお、用途としてアンケート結果には表れていないが、JCA手順や全銀手順、全銀TCP/IP手順といった従来型のEDIにおけるインフラとして利用している企業は少なくないはずだ。INSネットのディジタル通信モードの終了により、これまで利用してきたEDIもIP網に対応した流通BMSやWeb-EDIなどへの移行が必要になる。流通業界では既に議論が進んでおり、大掛かりなプロジェクトとしてIP対応を行っている企業もある。

実際の対策状況とその対策案

 ではISDNの移行先として考えられるのは、どんなサービスなのだろうか。現実的な方法としては、従来のメタル線を廃止し、光ファイバーを活用したフレッツ光に移行することだろう。実際にNTTからはオールIP化を前提にした代替案が提示されている。データ通信が中心であるものの間欠的で小容量なトラフィックであれば、基本料金が安い「フレッツ光ライト」と従量課金ながら安価な「データコネクト」の組み合わせが、通信トラフィックが多い場合は「フレッツ光ネクスト」へ移行するなど、用途に応じた選択が必要になってくる。

 また、回線サービスのみならず、企業側としては従来のPBXからIP対応のPBXなどへの切り替えが必要になる。光ファイバーが提供されていないエリアの利用者や終了時期までの移行が困難な利用者向けには、メタルIP電話上でのデータ通信の提供を当面の補完策として選択できるようになる。

 有線以外の選択肢として挙げられるのが、LTEをはじめとしたモバイルデータ通信だろう。最近ではMVNOの事業者を中心に従来のTAやDSUに代わるモバイルDSUを発売し、3GやLTE網に接続させるというサービスも登場している。もともとISDNは帯域保証型のサービスで品質が保証されていたというメリットがあるが、モバイルになると同じような品質は保証できない。それでも、安価な形で利用できるモバイル回線を利用するケースも少なからずあるようだ。

 今回の調査でも、既にISDNにおけるディジタル通信モード終了への対策を行ったのかどうか、移行したサービスは具体的にどんなものなのかについて聞いている。まず、対策状況については、33.3%の回答者が既に対策を完了しており、計画完了まで含めると70%あまりの人が何らかの対応を進めていることが分かった。回答者はディジタル通信モードを利用している人だけに、着々と準備は進めているようだ。

 またその対策案としては、固定ブロードバンドインターネットの29.1%を筆頭に、モバイルデータ通信(27.4%)、閉域網サービス(19.7%)、データコネクト(8.2%)と続く。フレッツ光のような固定ブロードバンドは当然としても、モバイルデータ通信を選択する割合が実際には拮抗(きっこう)している状況だ。品質の高さが魅力だったISDNの代替えとして考えれば、モバイルデータ通信に対する信頼性もある程度評価されてきていると考えることもできる。

ISDN移行に伴う対応検討状況と対策案 図3 ISDN移行に伴う対応検討状況と対策案(出典:IDC Japan)

ISDN移行にどう取り組むべきか

 2020年後半に終了するとアナウンスされているINSネットのディジタル通信モードだが、実際には利用者からの声もあり、もう少し後ろに倒れる可能性が現時点では高くなっている。それでも、2025年には交換機が寿命を迎え、保守部品も手に入らなくなることが想定されていることから、いずれどこかでIP網への移行は避けられないのが現状だ。では、どんなタイミングで移行するべきなのだろうか。

 順当にいけば、導入しているネットワーク機器の更改のタイミングに合わせてIP網へ対応していくのが一番自然だろう。恐らく数年に1度は機器を更改することが必要になるため、そのタイミングでネットワーク構成を見直せば、最適な形で入れ替えていくことができるはずだ。

 ただし、多店舗展開をしている小売業などでは、ISDNからブロードバンド回線に変更するだけで全体のネットワークコストが増える可能性はある。また、広帯域なネットワークを確保することができるようになるが、今のブロードバンド回線はあくまでベストエフォートであり、ISDNのように帯域保証されたものではない。この品質を維持しようとすると専用線が必要になってくるが、これではネットワークコスト的に厳しい部分もある。

 結局のところ、ISDNの移行だけを考えると割高になる可能性はある。そうであれば、ISDNで利用してきたデータ通信以外の業務もブロードバンド回線に統合し、全体のネットワークコストを下げるような形で再構成していくべきだろう。ネットワーク全体の最適化を図る中でIP網への統合を進めていくことが重要になってくる。

 また、バックアップ用途に活用しているものも、実際にはシステムを構築した当初からネットワーク構成を変えていないだけで、実質的には使われていないケースもあるはずだ。現在利用しているブロードバンド回線の信頼性を実績面から再度評価し、本当にネットワークでのバックアップが必要なのかあらためて検討したうえで、回線自体の契約を解除するという選択肢もあるはずだ。

 当然ながら、今ではLTEなどモバイルを利用するという選択肢も十分考えられ、異なる複数のMVNO事業者からSIMを入手し、複数SIMをメインとバックアップに使うといった、今だからこそ考えられるネットワーク構成もあるはずだ。もちろん、SIMの切り替えなどが円滑に行えるかどうか、事前に綿密なテストも行っておくべきだが、ネットワークにおけるさまざまな選択肢が提示されている今、ISDNからの移行をきっかけにしてネットワーク全体の最適化を絶好の機会として捉えていただければ幸いだ。

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