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» 2016年06月08日 10時00分 公開

5分で分かる最新キーワード解説:自動運転車両で100メートル先の歩行者を検知する「量子レーダー」とは (1/3)

複雑な量子をレーダーに応用し、悪条件でも人やモノを捉える「量子レーダー」が誕生した。電波を使うレーダーと何が違うのか。

[土肥正弘,ドキュメント工房]

 今回のテーマは、電波を利用する従来のレーダーでは捉えきれない悪条件の環境でも、遠方の人やモノをリアルタイムに映像として捉える最新技術「量子レーダー」だ。利用するのは光だが、カメラとも違い、量子効果を利用して、カメラや人間の目ではかすかにしか感じられない100個ほどの光子でも物体の2次元イメージを描ける可能性がある。現在は自動運転車両の安全対策の一環として、100メートル先の歩行者を濃霧の中でも検知できることを目標に研究開発が進む。

「量子レーダー」ってとは

 量子レーダーは、雨や霧などの気象条件により視界が効かない環境、あるいは電波の反射が正常に検知できない環境でも、正確に遠方の人物や物体の位置と形状を検知できる、光子の量子効果を利用した検知技術およびイメージング技術のこと。玉川大学の量子情報科学研究所所長の広田修教授らのグループがその基礎原理を研究し、数年後に自動運転車両の安全対策技術としての搭載を目標に、実証のための開発が進む。

 「量子」と聞けば難解、不可思議という連想が働く人も多いだろう。それが物理量の最小単位であって、光子や電子のことだと聞かされれば納得はするが、その性質を知りたいと思うと「重ね合わせ状態」「量子エンタングルメント(量子もつれ)」という専門用語や「量子テレポーテーション」などといったキーワードが続々出てきて、量子力学の門外漢にはイメージすることさえ難しくなってしまう。

 しかし、量子レーダーを理解するには「光子を2つに分裂させると、できた2つの光子は互いに強い相互作用を持つ」ということだけを知っておけばいい。ペアを作る1つの光子に何かの相互作用を与えると、もう1つにも、たとえそれがどんなに距離が離れていても、同じ相互作用が生じるという事実だ。

 量子エンタングルメントと呼ばれる現象で、ペアの片方を観測すれば、もう片方の状態は観測しなくても分かる。それがなぜかは量子力学の専門書に任せるとして、その事実だけを前提にして以下を読んでほしい。

「量子」を使ったレーダーのメリットとは?

 さて、遠方の人やモノの存在を検知する方法として、カメラとレーダーがあるのはご存じの通り。近年では、自動車の前方や周囲の危険を検知する「衝突予防装置」が備えられることも少なくないが、これにもカメラとレーダーが活躍する。

 前方や車体周囲の物体を検知するにはカメラとレーダーのどちらか、あるいは両方が使われる。環境条件さえ整っていれば、昼間なら2台のカメラ(ステレオカメラ)を使って、200メートル先程度までの対象物なら距離と奥行きが判別できる。しかし、可視光を利用するので夜間は性能が著しく低下する。

 そこで暗い時には赤外線レーザーを利用したレーダーが使われるが、こちらはあまり遠くまではムリで、対象が検知できるのはせいぜい前方20メートル程度が良いところだ。

 ではミリ波やサブミリ波帯の電波を利用するレーダーならどうかというと、こちらは夜間、昼間を問わず、ミリ波で100メートル、サブミリ波でその半分程度の範囲で対象物の有無と距離、移動方向などの検知が可能だ。しかし、気象条件が性能に影響しやすく、雨や霧などでは検知が難しくなり、人体のように電波をある程度吸収してしまう物体の検知が確実にできない弱みもある。

 これらの弱点をカバーし、昼間でも夜間でも、また雨や濃霧の中でも、衝突回避が可能な程度遠くの対象物までの距離と移動方向を検知し、あわよくば形状が分かる映像を得られる技術が求められる。既存技術の改善も盛んに行われているのだが、その課題を一気に解消するポテンシャルを持つのが「量子レーダー」だ。

 まだ基礎研究の段階だが、広田教授によると「車の前方100メートル程度の距離までの人や物体の存在の有無、そこまでの距離、移動方向と速度が、暗闇の中でも雨や濃霧の中でも検知可能」なのが、量子を利用するメリットだ。

 量子を利用する技術といえば「量子コンピュータ」や「量子暗号」が連想され、それらの実現に必要な超低温環境や厳密にコントロールされた周囲環境が必要なのではないかと心配されるかもしれないが、広田教授が目指すのは自動運転機能はあるにしても、あくまで普通の自動車に搭載可能な装置としての実現だ。

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