IT・IT製品TOP > Key Conductors > 梅宮 聡( 梅宮総合法律事務所) > いまさら聞けない契約書のはなし
この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加

IT現場の道先案内人 Key Conductors

いまさら聞けない契約書のはなし

2016/04/15

 初めまして、弁護士の梅宮聡と申します。IT業界における法務案件を中心に、弁護士業務を行っております。この連載では、システム開発と法律、システム開発契約、個人情報保護等々についてご紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 まず、第1回は”契約”の成立の判断ポイントを判例を交えてご紹介します。また、ベンダ側・ユーザ側それぞれの注意事項もありますので、是非ご一読いただければと思います。

今回のテーマ

契約書は何故必要なのか

”契約”があるかないかは、裁判所でどう判断されるのか

契約がない場合、ベンダは泣き寝入りか

1.”契約”がそもそも成立しているのか=費用を請求できるか

(1)”契約”成立の要件

 契約書、作っていますでしょうか?例えば、知り合いだからといって口約束で開発をなし崩し的に進めていませんか?とりあえず、契約書を作らないと話になりません。

 法的には、契約書がなくても、法で定められた例外を除いて基本的には契約は成立します。しかし、契約書が結ばれていないとトラブルになった時にどんな合意をしたのか争いになります。更に、そもそも契約があったかどうか問われることも多いのです。

(2)裁判所による”契約”成立の判断ポイント 

 裁判所、皆さんが思っているより文書を非常に重要視します。従って、文書以外の合意事項があったのかなかったのかを認定するには、大きなハードルがあるのです。

 契約の初期段階でのトラブルでありがちなのは、「ユーザが契約をしてくれる」ものとベンダが思い、その前提で開発を進めていたのに、ユーザの都合でプロジェクトを中止したり、別のベンダに発注したりするケースです。

 一般的には、ベンダが営業する立場にあるため、地位が相対的に低いことも相まって、しっかり契約書を締結する前に開発を進めてしまうというケースが頻繁に発生してしまっています。

 その時に、ユーザの支払義務を定める”契約”がそもそもあるかどうかが争いになります。そこで、裁判所がどのように判断しているかというと、契約書がない場合、ほとんど”契約”の成立を認めていません。判例は事例判断ですので、契約書がない場合、必ず個々の場面で契約がないと判断されるというわけではありません。しかし、契約書がないにも関わらず契約が成立したと立証するのは困難が伴うのです。

(3)判例

 ここに、判例(東京地裁平成19年11月30日)を1つ紹介します。キックオフミーティングがされて、ベンダは開発に着手しました。その後、見積金額が合意に至らなかったため、開発プロジェクトは頓挫してしまいました。そのため、ベンダが契約解除に基づく損害賠償を求めて提訴しました。

 キックオフミーティングの議事録が残されており、証拠として提出されましたが、キックオフミーティングにユーザ側の責任者が出席していなかったことから、キックオフミーティングに特別な意味を認めず、また、ユーザ側に作業が有償であるとの認識がなかったため、契約が成立していないとしました。


 ベンダにとっては最悪のケースです。提訴するくらいですから、クライアントとの関係は断絶しますし、開発費用は戻ってこない、訴訟に関する時間とカネだけかかったという、まさに最悪の事例です。

(4)注意点

 ここから言えることは、ベンダは契約書が交わされていないうちに開発に着手してはならないという事です。こう書くとと当たり前のような気がしますが、納期であったり、契約締結を前提にSEを確保する準備にも取りかからなくてはならなかったりするため、契約の締結がずれても開発の着手をしてしまうようなケースがしばしばあると思います。ただ、その場合大きなリスクがあることを充分に認識すべきです。

 ベンダの契約担当者は、契約を細分化して当該作業のフェーズだけでも契約を急ぐなどの意識が重要になってきます。

2.”契約”の成立が認められない場合のベンダ側の保護とユーザ側の注意事項  

(1)”契約”の成立が認められない場合の受注者(ベンダ)側を保護する理論

 ただ、契約が成立していないとすると、ユーザ側は何も負担しなくて良いのでしょうか。そうとも限りません。ユーザ側は、契約しない可能性がある場合、ベンダ側にその期待を持たせないように注意しなければならないのです。とかく、現場では納期に追われることによって、開発の着手を求めがちになります。

 ここで出てくる理論が「契約締結上の過失」です。難しい言葉に聞こえますが、契約が成立していなくても、場合によっては、損害を被った当事者の信頼を保護しようという理論です。

(2)システム開発以外の先例的な判例

 まず、システム開発の事例ではありませんが、先例となった判例を紹介します。このケースでは、歯科医師がマンション建設に当たり、建物売却予定者に対して、医院としての入居を前提として電源容量等の問い合わせをし、それに合わせて売却予定者も設計変更をしました。しかし、交渉開始後6カ月後に歯科医師の都合により交渉を打ち切り、結果的に入居しませんでした。しかし、最高裁はその歯科医師に賠償義務を認めました(最判昭和59年9月18日)。

(3)システム開発紛争での判例

 システム開発紛争でも、同じように契約締結上の過失の理論が判例上認められてきています。1つ例を挙げると、基本設計フェーズ1までの契約が締結され、履行された後に、基本設計フェーズ2の個別契約が締結されず、ユーザ側の都合で契約が破棄された事案です。

 ベンダがユーザを訴えましたが、裁判所の判断では、契約の成立は認められませんでした。

 しかしながら、ユーザ側がベンダに対し「フェーズ2の注文書が発行されない可能性の有無」や「その場合にベンダ側が負うリスク」について言及することなく、むしろユーザの現場担当者がベンダに協力して作業を進めるのを漫然と容認していた点を認めて、裁判所は、ベンダからの1億0827万円の請求に対し、ユーザに6910万円の損害賠償を認めています(東京地裁平成19年11月30日)。

(4)判断ポイントとユーザ側の注意点

 ここで問題となるのが、ベンダの期待です。重要なのはユーザはベンダに期待を持たせず、また、だまし討ちにしないという事です。

 プロジェクトが多額になる場合もあり、簡単に決定できないケースもあるでしょう。ビジネスの状況が変わったり、経営者変更によりプロジェクトが頓挫することもあります。判例は、それを責めているのではありません。

 判例では、プロジェクト中止の可能性があるのに漫然とベンダの開発が進めるのに任せている場合や、他社と競合させているのに契約が確実であるように振る舞ったり、自社開発の方向で話が進んでいるにも関わらず、ベンダに頼む前提で話を進めたりするようなケースにはユーザの責任を認めています。

 つまり、当該ベンダに頼まない可能性、プロジェクトが本決まりでなく中止になる可能性があるのであれば、それについて充分にベンダに注意喚起すべきなのです。つまり、別のベンダに発注する可能性や、プロジェクトが中止する可能性などを説明し、ベンダで何か準備するにしても、契約が成立しない場合はその対価は払えないきちんと説明しておくということことが求められていますです。

 一方で、ベンダ側は、ミーティングにおけるユーザ側の発言などをしっかり記録をとっておき、どのような説明を受けたのか、どのような合意があったのかを記録に残しておく必要があります。この方法については、また別の機会に説明したいと思います。

(5)全額保証されるわけではない

 ただ、ベンダ側からすれば、上記理論によって、支払った金額が全て担保できるものではないことに注意が必要です。この理論は、あくまで契約が成立していないことを前提とするものなので契約額がそのまま認められるわけではないのです。したがって、全額補填されません

 本稿で伝えたいことは、ベンダ側は特に、契約締結前に開発に入ることは大きなリスクを負っていることを充分に理解する必要がある、ということ です。

次回は、ちょっと違った観点から攻めたいと思います。

会員限定で「読者からのコメント」が読み書きできます! 「読者からのコメント」は会員限定の機能。会員登録を行い、ログインすると読者からのコメントが読み書きできるようになります。

会員登録(無料)・ログイン

Myリストへ 印刷用ページへ

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加


この寄稿記事に掲載している情報は、掲載日時点での情報となります。内容は変更となる場合がございますのでご了承下さい。また、「Key Conductors」の寄稿記事及び当該記事に寄せられたコメントについては、執筆者及びコメント投稿者の責任のもと掲載されているものであり、当社が、内容の最新性、真実性、合法性、安全性、適切性、有用性等を保証するものではありません。


30008827


IT・IT製品TOP > Key Conductors > 梅宮 聡( 梅宮総合法律事務所) > いまさら聞けない契約書のはなし

このページの先頭へ

キーマンズネットとは
IT法務を専門とする弁護士。現在は,IT契約書,利用規約の作成。開発紛争の解決。著作権,個人情報保護,IT企業の労務管理などを取り扱う。リクルートで16年,SEとして,社内勘定系システム,グループウェアの開発,Webのセキュリティ監査,社内個人情報ガイドラインの作成などを担当。一橋大学法科大学院修了。

ページトップへ