スマートデバイス 2015/09/29
日本の伝統芸能である「能楽」。歌舞伎や人形浄瑠璃文楽などとともに、ユネスコの無形文化遺産に選ばれるなど、世界に誇れる日本の文化ではあるものの、見たことがない方が多いのではないだろうか。
実際、能楽の鑑賞者は“高齢化”が進んでおり、固定客が大半を占める状況という。確かに能楽の大半は古語、古典の世界であるうえ専門用語も多いため、普通の人にとって分かりにくく、とっつきづらい点がある。しかし近い将来、このような問題がITの力で解決されるかもしれない。
9月4日、東京・神楽坂にある「矢来能楽堂」でタブレット導入の実証実験が行われた。その内容は、観客にiPadを配布し、画面を見ながら公演を鑑賞してもらうというもの。シーンに合わせて解説を配信するシステムで、より内容が分かりやすい新たな鑑賞スタイルを目指すという。
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一連の取り組みの発起人は、能楽の台本を専門に取り扱う企業「檜書店」だ。彼らは能楽を鑑賞する人が減っていることに対して強い危機感を持っていた。 |
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こうして2015年3月に話がまとまり、6月から本格的な開発が始まった。台本のデジタル化というと簡単に聞こえるかもしれないが、「新たに一冊の本(台本)を作るようだった」と檜氏は振り返る。システムの開発にはさまざまな苦労があったそうだ。
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コンテンツを作成する際にこだわったのは、「解説はあくまで舞台を見てもらうための補助的な役割である」という点だ。当たり前のことかもしれないが、これを仕様に反映するとなかなか難しい。配信するのは逐語訳(せりふの現代語訳)ではなく、あくまで詞章(せりふ)や状況の解説にとどめ、解説も可能な限り情報を減らしたという。
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「せりふの現代語訳を出せば、観客はタブレットの画面ばかり見てしまいます。解説もなるべく減らしたいですが、減らしすぎれば内容が分からなくなる。このバランスが難しかったですね」(檜氏)
せりふに現代仮名づかいでルビを振り、演目のあらすじや背景となる知識、解説を付けるとなると、それだけで膨大な作業量になる。さらに解説は日本語以外に英語と中国語のバージョンも作成した。今回コンテンツを作成した演目「富士太鼓」の上演時間は約1時間だが、作成した画面は約200枚。これは1冊の台本に相当するそうだ。
システム面でも、端末でカメラのシャッターを押せなくしたり、音が出ないよう制御するといったさまざまな仕様が求められたが、最も苦労したのは“使い心地”の部分だ。
このシステムはマスターの端末と鑑賞者の各端末の画面を同期させ、能楽関係者が舞台の進行を確認しながらマスター端末を操作し、鑑賞者のタブレットに出す情報を切り替えていく仕組みで、鑑賞者側からすると自動で情報が切り替わるように見える。その切り替えかたにもさまざまな工夫があるという。
「開発当初は画面を瞬時に切り替えていくスタイルでしたが、実際にテストを行ってみると、画面が変わったか分かりにくいという結論に至り、画面をスクロールして情報を切り替える手法にしました。スクロールに最適なスピードなども突き詰め、この仕組みだけで60回ぐらいはテストを行いました」(NTTコムウェアの開発者)
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もちろん、システムに課題がないわけではない。重くて腕が疲れる、周りの人が気になってしまう、といった観客側の課題もあれば、データ登録や翻訳のコスト回収をどうするか……などといったビジネス面の課題もあり、本格的な展開までにクリアするべき問題は多い。檜書店としては、NTTコムウェアと協力して課題解決に当たりつつ、コンテンツのデジタル化を進めていくという。
「現在上演されている能楽の演目は約200曲ありますが、その中でも最もポピュラーな30曲を2016年9月までにデジタル化する予定です。よく上演される100曲を3年以内に仕上げることを目標としていますが、反響が良ければスケジュールの前倒しも考えています」(檜氏)
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今回の実証実験は、能を演じる能楽師や舞台となる能楽堂の協力も不可欠だ。檜氏は今回、能楽初心者のための解説付き公演を多数手掛けているKNOW-NOH(観世流シテ方※、観世喜正氏の事務所)に協力を依頼した。同社は体験教室や異種共演など先進的な普及活動を展開していることもあり、同じ課題を抱えていたことから、すぐに話が進んだという。 |
上演中に解説を配信するという設備は、国立能楽堂にもあるが、活用が進んでいないのが現状だという。準備や費用の面で大きな負担がかかるためだ。
「能楽は流派によって台本が変わることもあるため、しっかりとコンテンツを作らなければなりません。松竹のように大きな興行主がバックについている歌舞伎と異なり、能はさまざまな準備を能楽師が行う必要があります。その上で、デジタルコンテンツを作るのは大きな負担なのです」(観世氏)
今回のシステムは、そういった面で手軽に導入できるところがメリットとして挙げられる。コンテンツさえあれば、マスターとなるタブレットと鑑賞者のタブレットを接続するWi-Fiアクセスポイント、マイクロサーバ(NUC)とソフトウェアを準備すればよい。大きめのキャリーバッグに収まる程度の荷物になるため、簡単に持ち運べる。
「矢来能楽堂の場合、登録有形文化財であるため、設備を増やすために建て替えるといった工事ができません。その点、専用の設備がいらない今回のシステムは、ここのような中小規模の能楽堂にはありがたいですね」(観世氏)
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今後は実験で得られたフィードバックをもとに、本格的な導入を検討していくという。英語や中国語といった多言語での提供も可能なため、増え続ける外国人観光客に能楽を鑑賞してもらえるチャンスも生まれる。檜氏もその点に大きな期待を寄せている。
「外国人観光客の中には、日本文化に興味があり、能楽を見ようとする人はいます。今まで能を知らなかった人も含めて、観光客全体に能の文化を広げるにはこうしたツールの力が必要なのだと思います。能は歌舞伎などと違い、基本的に演目1曲につき1日しか公演を行いません。しかし今後は、連続公演の可能性を探るなど、東京オリンピックに向けて考え方を変えていなければならないのも事実です」(檜氏)
能楽だけではなく、歌舞伎の世界でもイヤフォンガイドを用いた解説を行うなど、伝統芸能の魅力をもっと多くの人に知ってもらおうと、新たなチャレンジをするケースは増えている。2020年の東京オリンピックに向け、外国人観光客にどうやって日本文化を発信していくか。能のお供にタブレット、という新たな鑑賞スタイルがその切り札になるのかもしれない。
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