困窮でも開発…日本独自のコンピュータがわずか3年で消えたワケ

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掲載日 2014/08/29
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#251すぐに消えた日本オリジナルのコンピュータを作った男 〜高橋秀俊氏

日本で作られたコンピュータはそれこそ星の数ほど多く、その歴史のごく黎明期に存在した「パラメトロン」を採用したコンピュータもその1つだ。今回は、そんなパラメトロンコンピュータを開発し、日本のコンピュータ産業の礎を築いた高橋秀俊氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

高橋秀俊は1915年、東京にて誕生した。高校を卒業すると東京帝国大学(現・東京大学)へ進学。1937年に同大学理学部を卒業したものの、そのまま研究室に残って助手に就任した後、1942年に助教授(今の准教授)に昇進と、順調な出世を遂げていた。

高橋秀俊氏
1915年
東京府(当時)にて誕生。
1937年
東京帝国大学理学部物理学科卒業。助手に。
1942年
同大学准教授に就任。
1954年
研究室の後藤英一がパラメトロンを発明。
1958年
世界初のパラメトロン計算機「PC-1」開発に成功。
1965年
東京大学計算機センター初代所長に就任。
1985年
死去。

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