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掲載日 2014/04/18
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#234小学校中退から日本十大発明家に… 〜島津源蔵氏

近頃の我々が肌身離さず持ち歩くスマホやタブレットなどのモバイル機器には当然バッテリー(二次電池、蓄電池)が搭載されている。モバイル機器に搭載されるバッテリーはリチウムイオン電池がほとんどであるが、その元祖ともいえる蓄電池は「鉛蓄電池」である。今回は、そんな鉛蓄電池の発展と普及に大きく関わった日本の発明家、島津源蔵氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

まず、ここで紹介する島津源蔵は2代目であることをお断りしたい。この2代目・島津源蔵は、1869年に京都市にて誕生した。幼名として梅次郎と名付けられている。その父こそが初代・島津源蔵であり、梅次郎が6歳、1875年に島津製作所を創業した人物である。

島津源蔵氏
1869年
京都市にて誕生。
1875年
父の初代・源蔵が島津製作所を創業。
1884年
独学でウィムズハースト式誘導起電機を作成。
1894年
父の死に伴い2代目・源蔵として島津製作所の指揮を執る。
1897年
国産鉛蓄電池の生産に成功。
1920年
「易反応性鉛粉製造法」を発明。
1930年
日本の十大発明家に選出される。
1951年
発明家として活躍後に死去。享年82歳。

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