日本初、UNIX起動!村井純も師事した巨匠

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掲載日 2014/02/21
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#226日本初、UNIX起動!村井純も師事した巨匠 〜石田晴久氏

2014年の現在、ITに関わっている人のうち、少なくない割合の人々は、もはやインターネットの存在しない時代を知らないかもしれない。日本のインターネット普及にも、先人による相当の努力があった。今回は、そんな日本におけるインターネット普及の扉を開いた人物、石田晴久氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

石田晴久は1936年、台湾にて誕生した。幼少のエピソードは少ないが、幼少の頃は現在のつくば市の郊外で伸びやかに育ったようだ。高校を卒業すると東京大学へ進学。理学部で物理を学び、1959年に同大学を卒業した。

なおこの大学生活で石田はコンピュータに初めて触れている。当時東京大学理学部で利用できたコンピュータは、パラメトロン式の電子計算機「PC-1」で、同大学の後藤英一によって発明された純国産コンピュータだったが、石田もこの開発に協力している。

石田晴久氏
1936年
台湾にて誕生。
1959年
東京大学理学部物理学科卒業。
1964年
アイオワ州立大学にて電気工学博士号を取得。
1970年
東京大学計算機センター准教授に就任。後に教授に。
1984年
JUNETプロジェクトに参画。
1993年
日本インターネット協会会長に就任。後に名誉会長に。
2009年
死去。享年72歳。2013年にインターネットの殿堂入りを果たす。

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