シャープ、万博出展しなかった深すぎるワケ

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掲載日 2014/01/24
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#222シャープ、万博出展しなかった深すぎるワケ 〜佐伯 旭氏

「目の付けどころがシャープでしょ」のコピーが有名すぎるシャープ。ここ数年では液晶テレビの不振などで経営が危ぶまれているきらいもあるが、まもなく創業80年を迎える日本における有数の古参電機メーカである。今回は、同社の「中興の祖」とされ、同社が世界に羽ばたく礎を築いたとされる佐伯 旭氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

佐伯 旭は1917年に広島県にて誕生した。1931年に早川金属工業研究所(現・シャープ)へ入社したのちに大阪経理専門学校を卒業している。満州で両親と兄弟を亡くして帰国した佐伯が学んだといえるのは小中学校のみ。15歳で同社に入社し、働きながら夜間の専門学校に通って努力の末に卒業したようだ。

創業者の早川徳次にその努力と才能を買われ、佐伯は入社当時から同社の経理を担当した。早川の片腕として活躍し、1947年には弱冠29歳で取締役に就任している。なお同社は「早川金属工業研究所」が正式な社名であるが、1925年に同社が鉱石ラジオを発売して以来、その製品ブランド名「シャープ」が社名として定着したため、ここでは以降、同社の社名を「シャープ」と記載する。

佐伯 旭氏
1917年
広島県にて誕生。
1931年
早川金属工業研究所に入社。
1947年
取締役に就任。
1958年
取締役専務に。実質的な社長代理となる。
1970年
取締役社長に就任。
1987年
会長職に退く。
2010年
死去。享年92歳。

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