MSの年収10倍スカウトを一蹴!ゲームの父

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掲載日 2013/11/01
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#211MSからの年収10倍スカウトを一蹴!ゲームの父“宮本”伝説 〜宮本 茂氏

IT業界に身を置くなら、テレビゲームをプレイしたことがないという人はまれだろう。そして、任天堂のゲームにまったく触れたことがない、という人もまたかなりの少数派なハズ。今回は、そんな任天堂の大ヒットゲームを手がけたゲームデザイナー、宮本 茂氏をキーマンとして紹介しよう。

宮本 茂は、1952年に京都府にて誕生した。幼少時代から絵を描くのが好きだったといい、将来は人形作家や漫画家になるという夢を持っていた。実際、中学生の頃に漫画を書き始め、高校時代には投稿した作品が雑誌に掲載されたこともあるという。ところが、早々に限界を感じたのだろう、漫画家への夢はまもなく諦めてしまう。

しかし「何かを作りたい」という意志はそのまま持っていたため、金沢市立美術工芸大学へ進学した。大学では工業デザインを学んでいたという。そして大きなターニングポイントが訪れる。1977年、大学卒業と同時に地元京都に戻り、就職先に選んだのが任天堂だった。

宮本 茂氏
1952年
京都府にて誕生。
1977年
金沢市立美術工芸大学を卒業後、任天堂へ入社。
1979年
「スペースフィーバー」で初めてゲームデザインに関わる。
1981年
初のプロデュース作「ドンキーコング」を発表。
1985年
「スーパーマリオブラザーズ」を発表。
1996年
情報開発本部・部長に就任。
2002年
情報開発本部・本部長兼代表取締役専務に就任。

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