世界初ゲーム機の父…91歳で発明を続ける訳

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掲載日 2013/10/18
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#209世界初ゲーム機の父…91歳で発明を続ける哀しい訳 〜ラルフ・ベア氏

現在ITに関わっている人にとって、コンピュータ、ひいてはITに興味を持ったきっかけが「家庭用ビデオゲーム(テレビゲーム)」というケースは少なくないのではないだろうか? 初めて触れたのは「ファミリーコンピューター」?それとも「ぴゅう太」?「カセットビジョン」?しかし実際、ビデオゲームの元祖はそれらよりはるか前に発明されている。今回は、そんな家庭用ビデオゲーム機を発明したラルフ・ベア氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

ラルフ・ベアは1922年、ドイツ南西部・プファルツ地方にて誕生した。ユダヤ人だったため、幼い頃はナチスによる迫害に苦しめられたという。そんな雰囲気を察してか、1938年にドイツを脱出してアメリカへ渡った。例の「水晶の夜」(ドイツ全土で巻き起こった反ユダヤ主義達による大暴動)のわずか2カ月前というきわどい脱出だったが、ともかくこれがベアにとってのターニングポイントだった。

しかしアメリカ生活も楽ではなかった。ベアは週給12ドルの工員として働きながら、ニューヨークにあったNational Radio Instituteという工科大学に通い、電気工学について勉強した。1940年に卒業するとラジオ修理工の職を得た。ところが第二次世界大戦が本格化してくると、1943年に陸軍に召集されることに。ロンドンに送られ情報部門で働くこととなった。なお軍では諜報活動的なことをしていたようだが詳しくは語られていない。

ラルフ・ベア氏
1922年
ドイツにて誕生。
1938年
ユダヤ人迫害から逃れアメリカに渡る。
1940年
National Radio Institutで電気工学を学ぶ。
1966年
Sanders Associates社にてゲーム機の開発を開始。
1966年
試作機「Brown Box」が完成。
1972年
世界初の家庭用ゲーム機「Magnabox Odyssey」を発売。
2006年
アメリカ国家技術賞を受賞。
2010年
「発明家の殿堂」入り。

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