プレステ4…ソニーの運命を変えた男の秘話

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加

掲載日 2013/10/11
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#208プレステ4は親なき子…ソニーの運命を変えた男 〜久夛良木 健氏

2013年9月、正式発表された「PlayStation4」。日本国内では2014年2月22日の発売が告知された。4代目となる「PlayStation」だが、その初代は、ソニーをゲーム機のリーダーカンパニーに押し上げた実績を持つ名機でもあった。「PlayStation3」まで開発に携わっていた久夛良木 健氏(くたらぎ けん:以下敬称略)は、「PlayStation4」についてコメントを求められた際、「親はなくとも子は育つ」というコメントも残している。今回はそんな初代PlayStationを開発し、ソニーの新たな次元を開いた人物、久夛良木 健をキーマンとして紹介しよう。

久夛良木 健は1950年、東京都にて誕生した。早稲田高等学校を卒業したあと、1971年に電気通信大学へ入学。大学では電子工学を学び、卒業に際しては画像処理に関する研究を行なった。1975年に同大を卒業すると同時に、ソニーへ入社することとなった。

ソニーに入社した久夛良木は、液晶ディスプレイの研究を行なっていた。しかし1980年代に入る前のことであり、液晶ディスプレイはまだ現実的な製品ではなかった。当時のソニーのディスプレイ主力製品は微細な表現が特徴的なブラウン管「トリニトロン」だった。不遇な境遇に置かれた久夛良木だったが、未来に向けた製品開発に彼は力を注いだ。

久夛良木 健氏
1950年
東京都にて誕生。
1975年
電気通信大学を卒業し、ソニーへ入社。
1984年
情報処理研究所勤務の中、「システムG」に触れる。
1991年
任天堂との次世代ゲーム機共同開発がご破算に。
1994年
「PlayStation」を発売。
1999年
SCE社長に就任。
2003年
ソニー本体の副社長兼CEOに。
2007年
ソニー、SCEを退社。

…この記事の続きは、会員限定です。  会員登録はこちら(無料)

続きを読むには・・・

会員登録をすると自動的にこの記事に戻り、続きが読めます。

会員登録(無料)・ログイン

このページの先頭へ

キーマンズ列伝/ プレステ4は親なき子…ソニーの運命を変えた男 〜久夛良木 健氏」の記事を一部ご紹介しました。
会員登録を行い、ログインすると、「キーマンズ列伝/ プレステ4は親なき子…ソニーの運命を変えた男 〜久夛良木 健氏」の記事の続きがお読みいただけます。


Myリストへ 印刷用ページへ

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加


この記事に掲載している情報は、掲載日時点のものです。変更となる場合がございますのでご了承下さい。 また、「キーマン列伝」の記事は、インターネット上に 配信されているニュース内容をもとに、キーマンズネットが編集して掲載しており、内容の正確性、真実性等を保証するものではありません。


30006304



このページの先頭へ

キーマンズネットとは

ページトップへ