飛行機の呼び名の由来!鴎外と計算機開発者

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加

掲載日 2013/08/09
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#200飛行機の呼び名の由来!森鴎外と計算機開発者 〜矢頭 良一氏

 このコーナーでも何度か紹介しているが、アナログ計算機は、現在のコンピュータの始祖ともいえる存在だ。それらの発明者もまたITの発展に貢献してきた人物なのだ。今回紹介するキーマンは、日本で初めてのアナログ計算機を発明した矢頭良一氏(以下敬称略)。しかし実は、彼がもっとも発明したかったものは、計算機ではなかった……?

 矢頭良一は1878年(明治11年)に、福岡県上毛郡(現豊前市)にて誕生した。父は同郡・岩屋村の村長を務め、当時としては恵まれた少年生活を送れたようだ。そのせいか、幼い頃から鳥類に興味をもち、特にその“飛翔”に大きな関心を寄せていたのだという。1892年、13歳で豊津中学校(現・福岡県立育徳館高等学校)に入学し、独学で鳥類の飛翔についての実験を繰り返していたという。

 そんな飛翔への興味が高まりすぎたのか、矢頭は同中学校を中退。1895年、16歳で単身大阪へ向かい、飛翔についてのさらなる研究を進めようとする。しかしそういった研究をするにはやはり独学はムリと実感。数学、工学、語学などを勉強するため、外国人が開設していた私塾に通って勉強をしていた。

矢頭 良一氏
1878年
福岡県にて誕生。
1892年
中学校(現在の高校にあたる)に入学。飛翔に興味を抱く。
1895年
中学校を中退して大阪へ。飛翔に関する研究を継続。
1900年
帰郷し、論文の執筆と自働算盤の開発を開始。
1901年
論文「飛行原理」と自働算盤のプロトタイプが完成。森鴎外の知るところとなる。
1902年
上京して自働算盤を製品化。
1908年
肋膜炎が悪化して死去。享年31歳。

…この記事の続きは、会員限定です。  会員登録はこちら(無料)

続きを読むには・・・

会員登録をすると自動的にこの記事に戻り、続きが読めます。

会員登録(無料)・ログイン

このページの先頭へ

キーマンズ列伝/ 飛行機の呼び名の由来!森鴎外と計算機開発者 〜矢頭 良一氏」の記事を一部ご紹介しました。
会員登録を行い、ログインすると、「キーマンズ列伝/ 飛行機の呼び名の由来!森鴎外と計算機開発者 〜矢頭 良一氏」の記事の続きがお読みいただけます。


Myリストへ 印刷用ページへ

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加


この記事に掲載している情報は、掲載日時点のものです。変更となる場合がございますのでご了承下さい。 また、「キーマン列伝」の記事は、インターネット上に 配信されているニュース内容をもとに、キーマンズネットが編集して掲載しており、内容の正確性、真実性等を保証するものではありません。


30006173



このページの先頭へ

キーマンズネットとは

ページトップへ