世界初の電気式計算機!あの会社の創業者

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掲載日 2013/03/29
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#182世界初の電気式計算機を発売!あの会社の創業者とは 〜樫尾 忠雄氏

 自分の物心がついた頃から存在する企業名というものは、その由来を特に考えずに認識していることが多い。たとえば「カシオ計算機」。デジカメやG-SHOCKで有名なあの会社がなぜカシオかなんてことは深く考えないものだ。ご存じの方も少なくないとは思うが、カシオの社名の由来は、創業者の名字にある。今回紹介するキーマンは、そんなカシオ計算機の創業者の1人、樫尾忠雄氏(以下敬称略)だ。

 樫尾忠雄(以下樫尾)は、1917年(大正6年)に高知県にて誕生した。1922年、樫尾が5歳の頃、一家揃って上京する。生活は楽だではなかったようで、高等小学校を卒業すると同時に、家計を助けるために旋盤工の見習いとして働き始める。樫尾の腕は徐々に向上し、勤務先でも認められる存在となった。そして、工場主の勧めによって、早稲田工手学校(現・早稲田大学芸術学校)に進学。仕事と両立しながら苦学の末に卒業し、そこで身につけた技術とともに軍需工場などに勤務した。

 樫尾の旋盤工としての確かな腕は業界内で評判になり、すっかり有名人となっていた。自分の仕事以外にもさまざまな部品加工を依頼されるようになった。そして1946年、樫尾は東京都三鷹市に「樫尾製作所」を創業して独立を果たした。はじめは精密機械の加工を生業としていたが、ここに弟の樫尾 俊雄が合流する。俊雄には電子機器製作の知識があったのだった。これが1つのターニングポイントである。

樫尾 忠雄氏
1917年
高知県にて誕生。
1922年
家族で上京する。
1946年
樫尾製作所を創立。
1957年
世界初の量産型電気式計算機を発売。社名がカシオ計算機に。
1972年
大ヒット電卓「カシオミニ」発売。
1988年
弟に社長の座を譲り、相談役へ退く。
1993年
死去。享年86歳。

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