これも国のため…75歳で東芝起業!発明人生

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掲載日 2013/02/22
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#17775歳で起業? 東洋のエジソンが残したモノとは 〜田中 久重氏

 エジソンといえば、世界的、歴史的にも著名な発明家であるが、江戸末期の日本にも「東洋のエジソン」と評された人物が存在する。そしてその人物は、現在の「東芝」のルーツとなる会社を興した人物でもある。今回は、そんな「東洋のエジソン」と讃えられ、「そう言うべからず。これも国のためであり、人助けにもなることたい」などの名言を残すなど、儲けにならずともボランティアで人々の相談に乗ることをやめなかったという田中 久重氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

 田中 久重は1799年(寛政11年)に現在の福岡県久留米市にて誕生した。父はべっこう細工師として著名だった。べっこう細工は細かい金属細工の技術が必要な工芸であり、田中少年はそんな父の技巧を見ながら育ったのだろう。9歳の頃、田中少年は「開かずの硯箱」を作成する。一見すると普通の硯箱なのだが、本人以外にはどうしても開けられない「からくり箱」なのだった。

 田中が生まれ育った久留米市は、そんな「からくり」で有名な街だった。毎年催される祭りではからくり人形が披露され、田中もまたそれに影響された。祭りに向けたからくり人形の考案をしているうちに、どんどんからくりに魅了されたのだ。久留米だけでなく、大阪、京都、江戸などでもからくり人形の興行を行ない、日本中に「からくり儀右衛門」としてその名が知られることとなった。最終的には、長男だったにもかかわらず、父のべっこう細工の老舗を継ぐことなく、からくり細工に生きることを選択したのだった。

田中 久重氏
1799年
現在の福岡県久留米市で誕生。
1834年
大阪に移住し、さまざまな発明を開始。
1851年
からくり時計「万年自鳴鐘」を発明
1873年
東京進出。
1875年
東芝のルーツとなる田中製造所を設立。

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