日本人で唯一インターネットの殿堂入り!

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掲載日 2012/08/31
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#153多忙を極めた日本、アジアにおける“インターネットの母” 〜高橋 徹氏

 特定のジャンルで功績を残した人の記録やプロフィールを残しておくことを「殿堂入り」と呼ぶ。インターネットにも「殿堂」があることをご存じだろうか? 今回はそんな“インターネットの殿堂”入りを果たした日本人、高橋 徹氏(以下敬称略)をキーマンとして紹介しよう。

 高橋 徹は、1941年栃木県にて誕生した。1964年、東北大学文学部に進学。大学ではなんと哲学、しかも美学美術史を専攻していたという異色の経歴。卒業後は出版社にて編集者兼記者のような仕事をしていた。そんな高橋がITの世界に関わることとなったキッカケは、1982年に通商産業省(当時)が推し進めていた「ニューメディア・コミュニティ構想」の担当者の1人となったこと。

 「ニューメディア・コミュニティ構想」とは、地域の情報化政策の1つで、特定地域にケーブルテレビや光ファイバー網を敷設して、家庭や店舗に情報通信設備を設置、相互コミュニケーションを可能にするというもの。現在のインターネットの地域限定版とでもいえばいいだろうか。それと同時期に高橋は、「ビデオテックス」という電話回線を利用した通信端末のマーケティングに関わる。現状を鑑みれば、いずれも成功したとは言いがたいが、ともかく高橋はIT、しかもインターネットに非常に近いポジションで働くこととなった。

高橋 徹氏
1941年
栃木県宇都宮市にて誕生。
1964年
東北大学文学部哲学科を卒業。
1982年
編集者を経て、通産省のニューメディアコミュニティ構想の担当となる。
1987年
インターネットに関する研究を開始。
1993年
日本インターネット協会を設立。以降さまざまな形で日本、アジアのインターネット普及に関わる。
2012年
インターネットの殿堂33人の1人に選出される。

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