ワープロ「一太郎」の開発者は妻!命名秘話

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掲載日 2012/05/25
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#140成功の影に賢妻あり! 国民的日本語ワープロの父 〜浮川 和宣氏

 日本において、パソコンが普及した1つの大きな理由に、日本語を入力・編集できる「日本語ワードプロセッサ」の存在がある。パソコンが日本で一般的に普及してきたころから長きにわたって存在している日本語ワープロはいくつかあるが、その代表格といえばやはり「一太郎」を思い出すのではないだろうか。そして今回紹介するキーマンは、その一太郎を開発した浮川 和宣氏(以下敬称略)を紹介する。

 浮川 和宣は、1949年に愛媛県にて誕生した。愛媛県立新居浜高等学校を卒業後に愛媛大学工学部へ入学。同大学では電気工学を学んだ。そして在学中に、のちの伴侶となる橋本 初子と出会う。この出会いこそ、彼にとっての最大のターニングポイント。浮川について話す場合、いずれ触れざるを得なくなるが。彼女の存在こそがその成功には欠かせなかったのである。

 浮川は大学卒業後、東芝グループの企業・西芝電機へ就職する。一方の橋本は高千穂バローズ(今の日本ユニシス)の研究所へ入所する。橋本はプログラマーを志す当時としては希有な存在の女性だった。研究所では言語処理などを担当していたという。

浮川 和宣氏
1949年
愛媛県・新居浜市にて誕生。
1969年
愛媛大学工学部電子工学科へ入学。橋本初子と出会う。
1973年
卒業後、西芝電機へ就職。
1975年
橋本初子と結婚。
1979年
ジャストシステム創立。
1985年
「一太郎」を発売。
2009年年
ジャストシステム退社後、妻とともにMetaMojiを設立。

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