天才・池田死す…影にアムダールの存在?

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加

掲載日 2012/05/18
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#139IBMを2度も退社した、大ヒット互換機の父 〜ジーン・アムダール氏

 かつて企業の基幹システムを支えるのは汎用機(メインフレーム)と呼ばれる大規模コンピュータシステムだった。現在ではその市場はかなり縮小してはいるが、特に日本は未だに一部の企業で脈々と汎用機が使われ続けている。今回紹介するキーマンは、そんな汎用機に「互換機」という大きな旋風を巻き起こした人物であり、「アムダールの法則」でも著名な、ジーン・アムダール氏(以下敬称略)だ。

 ジーン・アムダールは1922年、アメリカ・サウスダコタ州にて誕生した。1941年にサウスダコタ州立大学に入学したものの、折しも第2次大戦の戦禍が激しくなってきた時期。彼は大学に籍を残したまま軍に入隊することとなった。といっても前線に立つようなことはなく、陸軍や海軍の兵学校で教官として物理学や電子工学を教えていたようだ。

 軍務から離れた1948年、サウスダコタ州立大学に戻り卒業後はウィスコンシン大学大学院に進学して理論物理学を学んだ。アムダールがそこでぶつかったのは計算の煩雑さ。当時の手動アナログ計算機や計算尺で計算していたのではとても追いつかない。そこでアムダールは、自分でコンピュータを設計することにした。

ジーン・アムダール氏
1922年
アメリカ・サウスダコタ州にて誕生。
1948年
サウスダコタ州立大学で工学物理学の学位取得後、ウィスコンシン大学大学院へ。
1952年
コンピュータ「WISC」を開発。院を修了してIBMへ入社。
1955年
IBMを退社するも、1960年に復職する。
1964年
「アムダールの法則」を提唱。
1970年
IBMを再度退社。アムダール・コーポレーションを起業。
1979年
アムダール・コーポレーションを退社後、数社を起業して現在へ至る。

…この記事の続きは、会員限定です。  会員登録はこちら(無料)

続きを読むには・・・

会員登録をすると自動的にこの記事に戻り、続きが読めます。

会員登録(無料)・ログイン

このページの先頭へ

キーマンズ列伝/ IBMを2度も退社した、大ヒット互換機の父 〜ジーン・アムダール氏」の記事を一部ご紹介しました。
会員登録を行い、ログインすると、「キーマンズ列伝/ IBMを2度も退社した、大ヒット互換機の父 〜ジーン・アムダール氏」の記事の続きがお読みいただけます。


Myリストへ 印刷用ページへ

この記事をtweetする このエントリーをはてなブックマークに追加


この記事に掲載している情報は、掲載日時点のものです。変更となる場合がございますのでご了承下さい。 また、「キーマン列伝」の記事は、インターネット上に 配信されているニュース内容をもとに、キーマンズネットが編集して掲載しており、内容の正確性、真実性等を保証するものではありません。


30004630



このページの先頭へ

キーマンズネットとは

ページトップへ