Googleをスピード退職したJavaの父が海へ…

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掲載日 2012/05/11
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#138シンプルに劇的に、Javaの生みの親のこだわり 〜ジェームズ・ゴスリン氏

 Javaという言語が誕生してまだわずか15年程度。洗練されたオブジェクト指向言語として、またネットとの高い親和性によって、現代のプログラマにとっては必須の言語の1つとなっている。今回紹介するキーマンは、そんなJavaの生みの親、ジェームズ・ゴスリン氏(以下敬称略)である。また彼は驚愕の転職劇を見せたことでも話題となった人物でもある。

 ジェームズ・ゴスリンは1955年、カナダ・アルバータ州にて誕生した。カルガリー大学でコンピュータ科学を学んだあと、カーネギーメロン大学で1983年にコンピュータ科学の博士号を取得した。翌1984年には、まだ創立して数年のサン・マイクロシステムズ社へ入社した。その際、彼を同社へ誘ったのは同社の創立者でもある、あのビル・ジョイだったという。

 サン・マイクロシステムズに入社したゴスリンは、有能なプログラマであり、フェローとして同社の研究所「Sun labs」でUNIXシステムを中心に研究を行なっていた。そんな折、サン・マイクロシステムズは新規市場の開拓を進めるため、1990年末から「Green Project」を進めていた。同プロジェクトは、同社が家電製品への進出を目指したものだった。

ジェームズ・ゴスリン氏
1955年
カナダ・アルバータ州にて誕生。
1977年
カルガリー大学卒業後、カーネギー・メロン大学へ。
1983年
コンピュータ科学の博士号を取得し、翌年サン・マイクロシステムズ社へ入社。
1995年
Javaを公開。
2010年
オラクルに買収されたサンを退社。
2011年
Googleに移籍するもわずか3カ月で退社。新興リキッド・ロボティクス社へ入社。

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