酷い勤務状況だった…FACOM発明者の奇策

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掲載日 2012/03/16
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#131日本のコンピュータの黎明期を作った"奇人" 〜池田敏雄氏

 日本のITの歴史の中で偉人は少なくないが、特にコンピュータ黎明期には強烈なキャラクタを持つ人物が幾人かいた。今回紹介するキーマンはそんなコンピュータ黎明期に活躍した、破天荒な行動が今も語り継がれている技術者、池田敏雄氏(以下敬称略)である。

 池田敏雄は1923年、東京都(当時は東京市)・両国にて誕生した。幼少の頃はガキ大将であり、スポーツも万能だった。その反面で囲碁や数学など、1人で論理的に熟考するようなことも好んだという。いずれは数学者に、と考えたほどだったが激しくなる戦禍の中、国のためにと技術者を目指すこととし、1943年に東京工業大学へ入学。電気工学科で学んだ。

 1946年、同校を卒業と同時に富士通信製造株式会社(現富士通)へ入社した。入社直後、池田の名を一躍有名にした事件が起こる。「ダイヤル事件」として同社で語り継がれているそれは、日本電信電話公社(現NTT)に納入した電話の交換機が、ダイヤルを受け損なってたびたびエラーを起こす問題が発端だった。多くの先輩社員がその原因究明に挫折していたが、池田はダイヤルの動作と交換機の関係を論理的に解析してその問題点を見つけ出し、見事解決したのだった。池田は、このダイヤル事件で一目置かれる存在となったのだ。

池田敏雄氏
1923年
東京市(現東京都)にて誕生。
1943年
東京工業大学電子工学科へ入学。
1946年
富士通信機製造株式会社(現富士通)へ入社。
1954年
日本初のリレー式計算機「FACOM100」を開発。
1961年
トランジスタ式計算機「FACOM241」を開発。
1969年
アムダール社と提携交渉開始。
1974年
くも膜下出血により突然の死去。享年51歳。

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