#127戦後から日本のコンピュータ市場を率いてきた巨人 〜山本 卓眞氏
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戦後まもなくから日本のコンピュータ産業を立ち上げ、長期にわたって日本のITを牽引してきた偉人が惜しくも亡くなったというニュースが流れた。今回紹介するキーマンは、その偉人、山本 卓眞氏(以下敬称略)である。
山本 卓眞は、1925年熊本市にて誕生した。幼少の頃は体が弱く、読み書きができるようになるのも遅かったという。それでも陸軍の幼年学校経て、航空士官学校に進む。士官学校時代、満州で飛行訓練を受けていたが、そのとき通信工学、機械工学を学んでいる。士官学校での飛行訓練中に、軍の通信機材の貧弱さを痛感し、戦争が終わったら技術者になって日本の電気・通信に貢献することを誓ったのだという。
山本は満州で終戦を迎えると、東京大学第二工学部電気工学科へと進学する。1949年に同校を卒業すると富士通信機製造(現・富士通)へ入社する。
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| 山本 卓眞氏 |
- 1925年
- 熊本市にて誕生。
- 1945年
- 陸軍航空士官学校を卒業後、東京大学第二工学部へ。
- 1949年
- 富士通信機製造(現富士通)へ入社。
- 1952年
- 池田敏雄とともにリレー式計算機の開発に取り組む。
- 1981年
- 富士通の代表取締役社長に就任。
- 2012年
- 肺炎のため死去。享年86歳。
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