世界初のプログラマは“女性”だった!?

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掲載日 2011/03/11
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#081世界初のプログラマは女性だった!? 〜エイダ・ラブレース氏

 現在、数多くのプログラマが存在し、IT業界を支えている。それではプログラマの始祖は誰だろう?と調べてみると、1人の女性の姿が浮かび上がってくる。そう、世界初のプログラマは女性だったのだ。今回は、そんな世界初のプログラマであるエイダ・ラブレース氏をキーマンとして紹介しよう。

 エイダ(通常このコーナーでは主に姓を呼称に用いているが、今回はファーストネームで記載する)は1815年に詩人、ジョージ・バイロンの娘として誕生した。1815年というと、日本ではバリバリ江戸時代。そんな昔にプログラミング?といぶかる方も少なくないと思う。

 エイダの母は、エイダの生後すぐに父と離婚。エイダは母によって、幼少期から詩ではなく数学の教育を受けさせられた。家庭教師の中にはあのオーガスタス・ド・モルガンもいたという。

エイダ・ラブレース氏
1815年
イギリスにて誕生。
1833年
幼少から数学を学ぶ。チャールズ・バベッジと出会う。
1842年
バベッジのイタリア講演時の文書を翻訳開始。多数の自己解釈も加える。
1843年
「バベッジ氏の解析機関の考察」を出版。しかしまったく話題にならず。
1852年
子宮がんを患い死去。享年36歳。
1950年
アラン・チューリングがその論文にて再評価。世界初のプログラマとして認識されるようになる。

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