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掲載日 2009/09/18
偉人の遺伝子をEasyに読み解く!キーマン列伝
#007コンピュータ界の最速を目指した男 〜シーモア・クレイ氏〜

 スーパーコンピュータと聞いて、円筒が直立したような概観が思い浮かぶ方も多いはず。それこそが、一世を風靡した「Cray-1(クレイワン)」だ。今回は、有名なスパコンの1つ「Cray-1」の開発者、シーモア・クレイ氏(以下敬称略)の足跡を追ってみよう。

 クレイは高校卒業後、第2次大戦に無線技師として徴兵され、暗号解読技師として活躍した。戦後は大学に入学して電気工学を修め、卒業後に海軍系列のコンピュータ企業でその頭角を現し、科学技術専用スーパーコンピュータ「ERA 1103」を設計。その後、当時のメジャーコンピュータメーカー、コントロールデータ社へと籍を移し、初の商用スーパーコンピュータ「CDC 6600」を開発する。CDC 6600は当時の最高性能を誇った(当時の最速機の3倍の速度)が、実はハードウェアとしては最先端のものではなかったという。
 当時、コンピュータで高性能を叩き出すには高性能のCPUを採用すべし…というのが定説だった。しかし彼は、CPUの速度だけがコンピュータ全体の性能を示すのではなく、CPUで処理すべきデータを絶え間なく、最大・最適量で入出力することこそが最速への近道であることに気付く。それが実践されたのがCDC 6600であり、彼はその発見により、優れた商用スパコンを生み出すことに成功したのだった。

シーモア・クレイ氏
1925年
米国、ウィスコンシン州にて誕生。
1950年
ミネソタ大学電気工学学士取得。エンジニアリング・リサーチ・アソシエーツ社に就職、ERA 1103を設計。
1960年
コントロールデータ社に移籍。ERA 1103を改良したCDC 1604を設計。
1964年
自身が設計したCDC 6600が販売される。商用スパコンとして初成功。
1972年
クレイ・リサーチ社を設立。
1975年
Cray-1をリリース。世界最高速機の座を得て大成功。
1985年
Cray-2をリリース。世界最高速機の座を得るものの売れなかった。
1993年
Cray-3をリリース。まったく売れず失敗。開発元のクレイ・コンピュータ社は1995年に倒産。
1996年
自動車事故により死去。享年71歳。

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